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水底。

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 教室の窓からそっと眺めおろすグラウンドに、数人の生徒がちいさく見える。
 窓ガラスに、ベランダの手摺の光が反射していた。夏の空にしろい雲が、まぶしい。
 太陽は校舎の屋根を越えたところで、それほど意味はなかったけれども額に手をあてて静緒は目を細めた。両目の視力が極端にいい静緒でも、校舎の三階の窓からグラウンドにいる人間の表情の機微まではわからない。それでなくとも元々感情の機微には疎い方だから、どれだけ目を凝らしても、彼女の考えていることなど読み取れるはずもなく。
 こつん、と窓ガラスに額をくっつけて、ちいさく溜息をこぼす。
 黒髪がさらさらと揺れている。ここまで音が聞こえてきそうなほど、しなやかに流れる黒に、触れたい、と思う。けれど現実は遠く隔たっていて、遠すぎて、彼女が今そこにいることすら、遠い夢のように思える。
 彼女の隣で、落ち着いた雰囲気の男子がふと笑ったのが見えた。細められていた静緒の目が微かに大きくなる。胸が締めつけられるような、やわらかい棘のようなものでつつかれるような、いたたまれないような気持ちが込み上げる。
 なぜ、彼女の隣で笑っているのが自分では、ないのだろう。
 淡く青く、胸が痛んで、静緒はそっとグラウンドから目を逸らした。体中を駆け巡るような生ぬるい熱は、いつまでも消えない。目を逸らしたって彼女が消えるわけではないのは、そんなことは、わかっているのだ。
 うつむいた静緒の頬を、近頃急に伸びてきた前髪が、くすぐって揺れた。
 体中の生ぬるさを他所に、目の奥が熱い。太陽のつよいつよい光に晒されたグラウンドを見つめていたせいだ。薄く息を吐いて、しんしんと沁みる目を瞑って壁に背をあずけ、ゆっくりと座り込んだ。
 彼女に近づきたい。でも、近づきたくない。近づいて嫌われるのが、怖い。傷つけるのが、怖い。嫌われる、くらいなら、傷つけてしまうくらいなら。一生、存在すら知られずに生きたい。ただただ遠くから見ているだけで、それだけでいい。
 けれども一方でそう確かに思いながら、それでも見てほしいと、自分を、その世界に入れてほしいと、どこかで願っている。
 まるで深い深い水の底から眺める空のように。
 遠い遠いきれいな彼女───。




(ちかづいて、きがつかないで、わたしを、みて)

(でも、きらわないで)



月にこいした 水底の 深海魚

作品名:水底。 作家名:藤枝 鉄