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名刺は二枚

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リモコンのボタンを、押した。
プツ・・・

『―ご覧いただけるでしょうか。こちらは、ナナリー総督葬礼会場です。先日の第二次東京決戦で勝敗を決した、我がブリタニア帝国の新兵器、フレイアに巻き込まれ、不運にもご逝去なされたナナリー総督の葬礼が間もなく行われるところです。』
ミレイは努めて冷静に、静かにゆっくりと話すよう心がける。
ディレクターは事前に注意を促した。この総督はイレブンに肩入れをしすぎた、だから例えばクロヴィス殿下のときのように、感情をあおるように話してはならない、と。
臨場感を入れるのは、恐らくスピーチされるだろう皇帝陛下に関してのみに徹しろと。
ミレイは了承した。別に、苦労はなかった。面識はなかったが、故人の人柄はヴィジョン越しでも推し量れた。
彼のユーフェミア副総督よりも穏やかで前に出ることに躊躇いのあった、陽だまりのような人。その人柄に全く相応しくないと感じざるを得ない、ブリタニア特有の荘厳かつ呆気ないほど冷淡という相反した空間。
どこか馬鹿馬鹿しさを感じるミレイには、何の感情も載せずに話すことは全く苦労ではなかった。
『フレイアは最後まで脱出を躊躇されていたナナリー総督ごと政庁を丸ごと消し去り、結果、黒の騎士団に再びの敗北を与えました。現在、黒の騎士団およびその派遣を決議した超合衆国連合は沈黙を続け、今その動向は注目視されて・・・』
「ミレイさん、あれ!」
カメラマンが叫び、レンズをミレイから外した。
その先には、しん、と水を打ったような静寂がもたらされている。
ざ、ざ、と靴音を立て、葬列が分かれていくのが見える。
カメラはズームし、その人垣が誰によって分かたれていくのかを、今か今かと待ち構えている。

先頭に現れたのは、黒い学生服。
あれは、アッシュフォード学園高等部の学生服。
穏やかで幼い青春時代の思い出にいつもあった顔。

『・・・ルルーシュ?』
ピンマイクが襟の裏についているのを忘れ、ミレイは呆然と呟いた。

と。オレンジ色のフラッシュが瞬いた。

即座に怒涛のように流れ落ちてくる、記憶、記憶、記憶、そして鮮烈な感情。

『ぱたり、ぱたた、ぱた、ぱたた。』
インカムに音が入ったのだろう、レンズはそのままにカメラマンがミレイを振り返ってぎょっとしていた。
時を同じくしてディレクターが走ってこちらに向かってくる。
と、やはり眼を瞠り、苦い顔をした。
「お前のところの学生だな。知り合いか?ミレイ・アッシュフォード。」
声は虚ろに響く。
マイクに会話が入らないよう、襟の上からハンカチを押さえ、ディレクターが近寄る。
綺麗にプレスされたハンカチ。色は白。最上の儀礼色。独身なのに、と思ってから彼が貴族だったことを思い出す。
「おい、大丈夫か、スクープだ、簡単だが原稿はこれだ。お前はアナウンサーだろう、話せるか?」
原稿・・・ぼんやりと思い、職を思い出し、眼はルルーシュから外せないままに頷く。
ぱたり、とまた音を立て、襟を押さえるディレクターの手の甲に涙が弾けた。
滴が首筋に当たり、ようやく自覚する。
ミレイは泣いていた。大粒の涙を止め処なく流していた。
涙はそのままに原稿を受け取る。
ディレクターは目を眇めると、ハンカチでミレイの頬を拭く。
ふ、と微笑んでミレイはそのハンカチを右手で押さえ、もう一度頷く。
涙を流しながらも焦点のしっかりした表情にディレクターは下がった。
詰まる咽を抉じ開け、かすれた涙声をミレイは発する。

『皆様、ご覧になられますでしょうか。ただいま、画面に映っております、三名の確認が取れました。受付に置いたネームカードを当局は確認してまいりました。後ろに控える二名に関して、ご記憶の方も多いでしょう。かつてのジェレミア・ゴッドバルト卿、そして名門シュタットフェルト家の深奥の花として名高かったカレン・シュタットフェルト嬢。そうです、黒の騎士団として確認されている両名です。そして・・・』
ああ、咽が震える。リヴァルはきっとヴィジョンの向こうで心配しているだろう。いつも心配ばかりだった彼。
(リヴァルはそのとき、たった一人となってしまった生徒会室で、顔をぐしゃぐしゃにして頭を抱えていた。彼はルルーシュがヴィジョンの向こうに映ることが信じられなかった。と同時に納得する自分を感じていた。)
『そして両名を引き連れる、あの黒い学生服の青年は。彼が受付に置いたネームカードにはあの尖った紋章と共にシンプルにこう書いてありました。
そうです。CEO、ゼロと。"with deep sympathy"とその場で鉛筆で手記し、ゼロの名刺をあの青年が置いたのです。
皆様、意味がお分かりでしょうか、わたくしは、わたくしことミレイ・アッシュフォードは信じられません。』
気付かなかった。気付けなかった。あれほど傍にいたのに。あれほど、彼のことを知っていたのに。
『どうして忘れていられたのか。どうして、こうなってしまったのか。高位貴族の皆様は憶えていらっしゃいますでしょうか、
かつてのわたくしの婚約者を。エリア11で死んだとされた彼を。』
ロイドさんやセシルさん、それにニーナはこの放送を見ているかしら。驚いたかしら。
あら、それよりディレクターが驚いている。あ、カメラマンが思わず振り返っちゃった。だめよ、レンズが斜めを向いてる、ああ、ディレクターが直してくれたわ。プロねえ。
(研究室の小さな端末画面の向こうではそのころ、「あっは~、そっか彼がそうなのかぁ、美形だよねぇ」とロイドが暢気な声を出し、「婚約者ってロイドさんだけじゃなかったんですか!?」とセシルが声を上げ、「え、」とニーナがその眼鏡の奥で理解を拒絶するように小さく瞬きした。)
『かつて皇帝陛下に直接、第17位皇位継承権を放擲した、過去ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下だった、皇位継承権を放棄したため、母君、閃光のマリアンヌ様の旧姓を名乗り、ルルーシュ・ランペルージとなった彼が、最愛の妹の葬礼に、ゼロとして現れたのです。』
これは、一体どんな運命のからくりなのかしら、ルルちゃん?どうしてナナちゃんと離れさせられたのかしら。決まってるわね、貴方がゼロで、ゼロとして一度捕まってしまったから。だからなのね。
(そうして同時刻。白と金の、死したる人を送るにまったく相応しくない、戦場にも葬礼にも不似合いな礼服を着たナイト・オブ・セブンが、控えの間のヴィジョンを見つめ、ただ静かに帯刀して席を立った。ギアス・キャンセラーによって死を得られるようになったクルルギ・スザクが、最後の決着をつけるために。)

ミレイは涙が止まらない。

「ナナリー、お前くらいじゃないか?空の棺で二度も葬式をするなんて。」
そう空っぽの顔で笑ったルルーシュが献花の代わりに折り紙の花を置く。
その優しい手触りの千代紙はいつだったか、スザクが用意して、ルルーシュが点字で三人の名前を打った思い出のものだった。
作品名:名刺は二枚 作家名:八十草子