ボードゲーム
「そ。やっぱお前も知らない?」
お昼休みだ。ルルーシュはいない。まあ、困ったことによくあることだ。
苦言を呈しても肩を竦められて終わり。それでも声は届いているからと、僕は何度も言い募る。
明日会ったら、何て言ってやろうかな。
「同年代の中じゃ強い方じゃないか、って、人類の中で強い方に入るルルーシュに評されたスザク君、ぜひお相手を。」
リヴァルにそんなことを言われ、ちょっと驚いて瞬きをする。
「え、何、ルルーシュがそんなこと言ったの?」
「あ、やっぱりお前も意外だったんだ?」
「うん。なんかバカバカ言われた記憶しかない。」
あの薄暗い土蔵の中。幼い日々。
何ができるんだ、と尋ねた自分。
淡々とした紫の瞳が少し光って、チェス、と一言言った。
―何だ、それ?
―ボードゲーム。日本にも確かあるだろ。中華連邦なら象の駒、日本なら将軍の駒って意味の。
―知らないぞ?
―本当に?駒を動かして、王を取れば勝ちっていうゲームなんだけど。たしか、日本のは特別ルールがあったな、取り上げた敵の駒を、
―将棋か!なんだそう言えよ!今とってくる!
―・・・チェスの方が知られていると思ったんだけど。
将棋はあの頃、藤堂先生に教えられ始めたばかりで、師にも道場の誰にも勝てた試しが無かった。
こんなお遊びをどうしてさせるんですか、と眼を尖らせて訊いた自分に、師は苦笑した。
”君は反射神経が素晴らしいが、いずれ戦略を理解した人間になってほしいからね。
こんな時勢に関わらず、自分が何をしているか、何をしたいのかを深く分かっている人間は長生きするから。”
意味がわかるか?とルルーシュに尋ねれば、「立派な先生だな」と呟いてあっさり王手をかけた。
彼は駒の動かし方を書いた紙を見たままだった。
あれで自分は、とことん自信を喪失したのだ。
それが、雨の日はと土蔵で勝負を重ねて、久しぶりに道場の年長者と(何故なら自分は最年少だった)勝負したとき。
あっさりと勝ちを拾ってしまった。初めて将棋で拾った勝ちだった。
”朱雀くん、一体何十局打ってきたんだ?別人のように強くなっているじゃないか。この調子なら、一年後には私にも勝てるようになるぞ?”
それは嬉しそうに笑う藤堂先生に、本当のことは言えなかった。
何十局もなんて、そんな辛抱できません。せいぜい十数局です。同い年のブリ鬼野郎にまだちっとも勝てないんです。
取った駒を一度も使わないアイツとやればやるほど、先生と同じくらい強いんじゃないかって思うんです。
それで、はっと気付いたのだ。
ルルーシュが大人相手でも引けを取らないほど、強いんじゃないかと。
「ルルーシュの強さって反則だもんなあ。」
しみじみと嘆息するリヴァルに、僕もうんうんと頷く。
「同い年の子と初めてやったのがルルーシュでさ。僕も随分落ち込んだよ。」
「うわ、それ悲惨ー!よくまあ性格が曲がらなかったな?!」
「それが久しぶりに大人とやったら勝ちまくって。」
「・・・ああ、うん納得。一番最初の大事な時期を、ルルーシュなんてバカ強いのとやってたから基本が底上げされたのね。」
「ルルーシュが異常だって気付いて良かったよ、本当。」
「でもそれなら期待できるかな?」
ニヤリ、と笑ったリヴァルが、緩衝材が入っているのだろう頑丈なアタッシュケースを持ち上げる。
「三次元チェス、って言ったっけ?」
「そうそう。普通のチェスが二次元なら、コレは上下の高さもついた三次元。ホログラムの中を駒が縦横無尽に動きます。な、やってみねえ?」
うーん、と首を傾げてみる。想像がつかない。
「とりあえず見てみたいかな?」
「よおーし、じゃあ挑戦だ!ルルーシュほど強くはないからお手柔らかにな?」
「そっちこそ。」
何しろ将棋は無数にやったが、チェスとなると数えるほどだ。
特殊ルールもいくつかあるけどよく忘れて呆れられた。
ルルーシュは、チェスより将棋を面白がっていた。
場合によっては捕虜が自軍の駒になるなんて、実戦的だと。現実的だと。
そう上手くはいくもんかと憮然としたのを憶えている。
少なくとも日本人はブリタニアに屈するなら自決すると。
そう言った自分がブリタニア軍人である皮肉。
変わらない、変わった、遠くに来たなと苦笑する。
「ん?どうした?」
「いや、なんでもないよ。」
「ならいいけど。」
ほんと、お前ら似てるとこあるよな。
ごちるリヴァルが大きい盤を出し、スイッチを入れた。
ヴィン、と起動音。
盤に描かれた升目と同じサイズの立方体が現れる。グリーンとイエローの小さな立方体が集合して出来ている。
8×8×8。上から五段目の立方体の中に駒が並ぶ。
「縦が数字で横がアルファベットなのは普通と同じ。高さはギリシャ文字で表してる。」
「駒の動かし方は手元のコンソールで指定する?」
「やれそう?」
「うん、なんとか。」
「キャスリング、アンパッサン、プロモートは無しでな?」
「アンパッサンとかプロモートは好きなんだけどな。」
ちょっとだけ憶えている特殊ルール。イレギュラーな動きをする歩兵がアンパッサン。と金みたいなプロモート。
「・・・リヴァルさんは同年代の中じゃちょっとだけマシって評価なんです、勘弁して。」
げっそりした様子にくすぐったい心地がして笑う。
ホント、過分な評価をルルーシュに貰ったみたいだ。
勝負は辛うじてリヴァルが勝った。
ホログラムの中で色が変わって見えた自分の駒を僕がポカしたのが決め手だった。
いい線いってたのに、と我ながら思うから悔しい。
「コレばかりは慣れだな。」
肩を竦めるリヴァル。ルルーシュに似てるのはそっちじゃないか?と思う同じ仕草。
「でも結構これ面白いね。」
「お、分かってくれる?」
リヴァルがやっと同好の士を見つけたと破顔する。
「あれ?ルルーシュは・・・」
「お気に召さなかったんだよ。頭の使い方は気に入ったけど、駒を持てないのがイヤなんだってさ。かわいいよなー。」
「変なの。煩わしくなくて僕はいいと思ったけどな?」
「・・・お前、軍じゃ技術部だっけ。」
「うん。どうしたの?なんか変な顔してるよリヴァル。」
「いや。ちょっとな。お前が誰かと戦ったり命令出したりするタイプじゃなくて良かったなと。」
どういう意味だろう。
「ルルーシュは優しいよな、ってこと。」
どうしてそういう話になるのか分からない。
大人の責任を果たすまでにわかりゃいいさ、とリヴァルは言う。
”自分が何をしているか、何をしたいのかを深く分かっている人間は・・・・・”
師の言葉がよみがえる。
僕はまだ、理解が足りないのだろうか。
自分が何をしているか分からないままに、僕は望みのためにブリタニアに首を垂れた。