Small Chips
ちょっとだけ、意外だなと思うとそれは結構後々まで記憶に残ったりして、時折思い出しては何故か此方が面映く思ったりもするものだ。たとえばそれが、ほんの些細なことであったとしても。
ある日曜日の、昼下がりのこと。
近所の公園に、ガッシュとウマゴンが連れて行けとせがむので、しょうがなしに清麿は読みかけの本を手に重い腰を持ち上げた。公園くらい、普段自分達だけで遊びに出掛けているというのに。天気もいいし、たまには外で本を読むのもいいか、とスニーカーを履く。
公園へ向かう途中、偶然書店から出てくるサンビームに出くわした。自分のパートナーであるウマゴンを見つけ、またその友達であるガッシュを見つけて相好を崩す。サンビームどのも一緒に公園へ行くのだ!と笑顔全開の子供にまとわりつかれ懐かれたら、さすがに断れなかったのだろう。笑顔でいいよ、と返事をしサンビームは魔物の子たちの手をとった。
「…ちょっと先に行ってくれないか?」
「どうしたんですか?」
「いや…ちょっと」
少しだけ先を歩いていた清麿は、不思議そうに立ち止まったサンビームを振り返る。サンビームと手を繋いで歩いていたガッシュとウマゴンも、サンビームが立ち止まったために必然的に横にくっつくようにして立ち止まる。
「いや、ちょっとね。靴紐が緩んでいたみたいでほどけてしまったんだ」
歩道の脇に身体をずらし、サンビームは身をかがめた。興味を持ったのか、魔物の子たちもその場にしゃがみこむ。
目的地は分かっているし、すぐそこだ。先に魔物の子たちを連れて行ってしまっても良かったが、何となく清麿はサンビームの傍まで戻る。
少しだけパンツの裾を持ち上げて、緩んだスニーカーの紐を解き、締め直す。日常的に見られる光景でもあるし、自分でも何度となく行うことでもある。だけれど、サンビームの指先が動くのを見るのが、清麿は何となく好きだった。自分よりも大きな手、少し節くれだった指。完成された大人のそれだ。技術者でもあるサンビームの指は、とても器用だ。
器用…?
数秒もあれば事足りるような動作は、ゆうに時計の秒針が一周はしているだろう時間が経っているのに終わろうとしていない。指先で輪を作り、そしてぐるっと紐を廻そうとして…指が止まる。
まさか、と思った。
だが、サンビームはこの上もなく真剣な顔をして、靴紐を手にしている。魔物の子達もその空気に呑まれているのか、同じように真剣な眼差しでじぃっとそれを見守っている。
「…おかしいな」
ぼそっと漏れた声は、サンビーム本人のものだ。そう呟きたいのはこっちだ、と清麿は思いつつその場にしゃがみこんだ。
「…俺、結びましょうか」
「…頼む」
手にしていた本をサンビームに渡し、清麿は結びかけられていた靴紐に手を伸ばす。きゅっと結び終わるまでの所要時間は、ものの十秒ほど。サンビームが格闘していた時間に比べたら、あっという間の時間だ。ふぅ、と短く息を吐いて、サンビームは裾を戻し立ち上がる。
「助かったよ」
少し照れたように笑い、サンビームは立ち上がった清麿に本を返す。
「ひょっとして…苦手なんですか」
「どうしてか、履いてしまうとなかなかうまく出来ないんだ」
この年齢でそれはおかしいよな、とサンビームははにかみながら笑い、再び魔物の子達の手をとる。
意外、というか何と言うか。
あまりにも予想の範囲外で、何も言うことが出来ない。
そういう、ヘンに子供みたいなところがあるんだ…。
ぽかん、としている清麿の少し前を、今度は三人が追い抜いて立ち止まり、振り返る。
「どうしたんだい?」
「何でもない!」
そっか、そういう一面もあるんだ。
ちょっとだけ、特別を知った気分は何だか嬉しい。ちょっとだけ、サンビームとの距離が縮まった気がする。
大人って、意外と手が届きそうなものなのかも知れない。
作品名:Small Chips 作家名:にの(ふれあ)