嘘なら
――――愛してるよ。
大気へ逃げないようにひそめられた囁きが、アーサーの耳を溶かす。
可愛い。
慈しむように目を細め、優しく頭を撫でられてしまえば、頭の芯がジン、と痺れる。
今からする行動を教えるように、唇をゆっくりとなぞられて、背筋に震えが走った。
(やめろ、ばか、そんなの。)
こちらの瞳を覗き込んで、見せ付けるようににっこりと笑ってから、フランシスはおもむろに顔を寄せてくる。
(ちくしょう、ふざけんな髭、死ねよ。)
頭の中で腹いせまがいの悪態をついてみるも、呆けた頭では口に出せない。
アーサー…。
(やめろ、そんな、声で。)
分かっているのにアーサーの心は素直に揺らいで、切なげに呼ばれた自分の名に心臓を握られる。
アーサーはいつもフランシスからのキスを避けられない。口付けを予感させる視線の熱だとか、大切そうに触れてくる指先の意図だとか、全部分かるのに、フランシスの声がアーサーの思考回路を灼く。アーサーはいつだって何も出来ない。
(動けなくなる。)
そうっと優しく触れた唇に、アーサーは叫び出したくなった。泣き叫んで死にたくなった。
(いやだ、いやだ。やめてくれ。)
アーサーはフランシスを愛している。フランシスが熱を孕ませて耳に注ぎ込むのより遥かにずっと、比較にもならないくらい愛している。
合わさった唇を静かにずらされて、フランシスの舌が間を割った。アーサーは形だけの抵抗もなく自分の舌を差し出す。それをねっとりと絡め合いながら、フランシスはアーサーの髪を撫ぜて、アーサーはフランシスの首に腕を回す。
(フランシス……)
もっと舌を合わせられたら良い。ぴったりと一ミリの隙もなく、もっと深く、長く。フランシスを取り込むように、もっと。
息を許さない激しい口付けで、下らない嘘も意地も、全部忘れさせてくれ。
目眩がするほど続けられたキスがやっと終わり、どちらからともなく唇を離した時には、アーサーだけでなくフランシスも多少息が上がっている。それを見るといつも、ずくりと下半身が疼く。
濡れた唇を舐められて、今度は啄むようにキスを受ける。深いキスは与えてくれない。
その、常より潤んだ青い目に映る自分の顔がこの上なく真っ赤で、見るからに欲にまみれた顔をしているから、アーサーは顔を歪めた。
しかしフランシスはそんなアーサーの頬を撫ぜる。
可愛い、アーサー。
アーサーの顔を両手で包み込んで、ゆったりと笑うフランシスの次の言葉を、行動を、アーサーは知っている。
……愛してるよ。
そして、額にキスを一つ。
(…何が、愛してるだよ。)
この男は、自分の一連の仕種で相手が陥落することを知っている。俺が、じゃない。誰でもいい、口説きたい相手がだ。
(やめろよ、もう。やめてくれ。)
嘘ならもうたくさんだ。