結婚するということ
松陽先生に会えるのだけが楽しみで毎日休まず塾に来ている高杉晋助は、今日も熱いまなざしで松陽を見上げていた。
先生が教えてくれるから、漢字がいっぱいで訳が分からない本もすぐに読めるようになったし、剣術も塾内で一二位を争うくらいの腕前に上達している。全ては先生に喜んでもらえる為。頑張れば先生の絵を見ることが出来る。ただ一途なその想いだけで今日も頑張っていた。
そして日々想いは募り、彼はついに決断をする。
「俺、大人になったら松陽先生と結婚する!」
晋助の突然の宣言に、周囲は目を丸くした。
告白をされた松陽自身も同様に驚いてしまう。
しかしこのまま教え子の間違いをそのままにしておくこともできない彼は、自分の前に立つ晋助を座らせその間違いを教えてあげることにした。
「いいですか晋助。結婚は男と女がするものですよ。男同士では出来ません」
「でも、この間他の星の有名人が男同士で結婚したってニュースに出てた! だから俺も先生と結婚する!」
どうしてこういう時に限って知恵を働かせるのか。
松陽は無駄に情報を仕入れている彼に困ってしまう。
しかしそこで流されてはいけない。
松陽は改めて晋助の目を見つめた。
「その星では同性同士の結婚は認められてますが、この大江戸では認められてません」
「じゃあ、俺が大人になった時にその法律変えてやる!」
言えば言うほど彼は違った方向へと頑張りを向けてしまう。
冷静さを欠いている今の段階では説得をするのは無理だと判断した松陽は、ひとまず彼を落ち着かせてこの場をながすことを選んだ。
「そうですか。それは楽しみですね」
自分の教え子がこの国の中枢を担う人材になれば、師匠としてこの上ない喜びとなる。
そんな気持ちも込めての返事であったが、晋助は自分が求める答が含まれていないことを敏感に察知していた。
「言っとくけど、俺本気だから」
上手く取り繕ってその場を流す作戦も失敗に終わってしまい、松陽は微笑みながらもちょっと困ってしまう。
晋助と同じ塾生である桂小太郎は、そんな様を見かね助け舟を出すことにした。
「晋助。バカなことを言って先生を困らせるな」
「バカとはなんだ!」
「先生は俺と結婚するのだからな」
「なんだと!」
小太郎としてはバカな話をやめさせる為の冗談でそう言ったのだが、本気の晋助には通用しない。
今にも殴り掛からんばかりの晋助を冷めた目で見返す小太郎は、自分の髪に手をやった。
「その証拠に、俺と先生は髪の長さが一緒だろう。夫婦であれは当然の必須アイテムとなるペアルックという奴だ」
「バカだろうお前……」
何をどうしたらそんな考えになるのか。
黙っていればきれいな顔をしている友の残念な発言に、それまで完全に恋に盲目だった晋助も少し冷静さを取り戻した。
そんなやり取りを黙って眺めていた坂田銀時は、鼻くそをほじりながら欠伸をする。そして一つの疑問が浮かんだ。
「なあ、さっきから結婚結婚っていってるけど、ぶっちゃけ結婚って、どんなことするわけ?」
「え……」
いきなり直球なことを聞いてくる彼に、三人は思わず固まってしまった。
一番焦っているのは松陽への恋に燃えている晋助だった。
「い、いや、それは、その、あれだよ、なあ……。なあ、小太郎!」
「なんで俺に振る! そもそも結婚なんて言い出したのはお前だろうが!」
確かにその通りである。
晋助は仕方なく当たり障りの無い範囲で言葉を選ぶことにした。
「ほら、一緒にごはん食べたり、お風呂入ったり、一緒の布団で寝たり、あとはえーっと……」
「それならいつもしてるけど?」
「はい?」
思いもしない銀時の返事に、晋助だけでなく小太郎も目を丸くする。
しかし銀時はそんな二人に構うことなくのんびりと続けた。
「一緒にごはん食べたり寝たりするのが結婚、て言うなら、俺もう先生と結婚してるし」
「え……?」
更なる衝撃発言に、晋助は完全に固まってしまった。
「そうだよねー、先生」
「まあ、確かに銀時の言う通りですね。。昨日も鰹のたたきを一緒に食べて、お風呂で背中の流しあいっこをして、それから銀時がさっきそこでお化けを見たって泣いてくるから一緒に寝て」
身寄りの無い銀時を預かっている松陽にとって、それは普段の生活の一部となっていて普通のことである。
しかし、先に晋助が定義した結婚の条件に完全に当てはまっていた。
「なんだ、俺と先生って結婚してたんだ」
「そうみたいですね」
「ふーん」
そして二人はどちらからともなく、えへへと笑いあう。
普段滅多に笑わない銀時の笑顔に、小太郎もつられて笑顔になる。
しかし、二人を見ていた晋助の目は涙で潤んでいった。
胸が苦しくなり、あふれる涙で視界がどんどん滲んでいく。
「先生のバカー! 銀時なんか大っ嫌いだー!!」
悔しさと想いが伝わらない苛立から、晋助は部屋を飛び出してしまった。
「あっ、晋助!」
松陽は彼の気持ちを傷つけてしまったことに気付く。
気は強いが繊細なところがある晋助をそのままにしておくことはできない。
そう思った松陽は慌てて立ち上がった。
「ちょっと行ってきます」
「はーい、いってらっしゃーい」
銀時と小太郎は手を振って晋助を追う松陽を見送る。
「なんか、出て行った奥さんを追いかける旦那さんみたいだな」
晋助が出て行った原因を作った銀時は、相変わらずのんびりとした口調で今の松陽を例える。
「お前、そんなのどこで見たんだ?」
「この間見た昼ドラでやってた」
「……」
その時間帯にやっているドラマは大体が子ども向きではない。
そんなものを見ている彼が、結婚したら何をするのかなど知らないはずがない。
「銀時、お前結婚したら何するのか、実は知っていたのだろう?」
「うん」
銀時はそう言うと再び大きな欠伸をする。
そんな彼を見る小太郎は、子どもながらに底知れぬ恐ろしさを感じたのであった。