ラスティ・ネイル
「ほんとは、俺のこと抱きたくて仕方ないくせに」
呟くように、あるいは囁くように落とされたその音は、俺の耳に思いの外勢いよく飛び込んできた。そして俺が彼の顔を見ると同時に、にやり、小さく笑んだのだ。だからいつもの雰囲気とはまるで違う、艶めいたその笑みに思わず目を奪われてしまったのは確かなのだが、おかしいことに俺の脳はそれを認めようとしなかった。しかしその視線が結ばれたように繋がっているのは、抗いがたい事実である。
見つめ合っていると彼がゆっくりと口角を吊り上げたから、誘われるようにその形の良い唇に指を寄せ、緩慢な仕種でなぞってみる。柔い感触が指から伝わり、イギリスの緑色の瞳は楽しげに揺らめいていた。指先を顎に滑らせて掴んでやれば、視線は絡まったように解けずに、俺はただただその翡翠を見つめるしかできなかった。
「お前になら、抱かせてやってもいいぜ?」
「…お前が俺に抱かれたがってる、の間違いじゃないの?」
「はっ、そんなんお互い様、だろ?」
試しに問い掛けてみたからかいは、イギリスの熱っぽい目と声に吸収されてしまった。 まるで獲物を捕らえようとするときのようなそれは、俺を離さない。
何度も何度も殴り合いの喧嘩をしたし、イギリスの小さい頃は誰より知っているつもりだし、もちろん最近のイギリスだって知っていたつもりだったが、それは大きな勘違いだったらしい。少なくとも俺は、こんな目をする、こんな声を発するイギリスを知らない。
「なぁ、フランス」
ゆっくりと吐き出されたその声には大量の熱が含まれていて、耳に入ったら最後、そのまま溶けてしまうんじゃないかとさえ思った。