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きっとあなたは知らなくていい

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「恭弥ってオレのこと好きって言わないよな」
「……馬鹿じゃないの」

当たり前のように応接室に押しかけてきて、当たり前のようにソファに寝そべっていたディーノが不意に呟いた言葉に、雲雀が反応してしまったのは、ほぼ無意識だった。
いつものラフな格好とは異なり、見た目から簡単に上質な布だと判断がつく黒いスーツを身に纏ったディーノは、後数時間もすればこの国にいない。
……そんな日常茶飯事なことが雲雀にとってたいした問題になるわけはなく。
そうであるからこそ、応接室という自分のテリトリーに黒い異分子を含んで、ごく当たり前の日常を送ろうとしていた、のに、この跳ね馬は。


「日本人の奥ゆかしさって言うの?そういうのもいいけどさ、たまには聞きてぇじゃん」


言いながら立ち上がったディーノは執務机を挟んで雲雀の正面に立ち緩やかに笑う。
恭弥、甘くねだるように紡がれる言葉。同時に伸ばされた指先を、しかし雲雀は容赦なく払い落とした。


「貴方が過剰なんだ」
「そんなことねえって」
「いい加減にして」


手にしていた書類をたたきつけるように机に放る。


「……だって三ヶ月も会えなくなるし。寂しい、じゃん」


拗ねて唇を尖らせる姿はどう見てもかのキャバッローネのボスなんて大層なものには見えない。


言葉にしたって別離の時間とイタリアと日本の距離が縮まるわけはない。
なんの解決策にはならない。理解できない。
そもそも、どんな世界の言葉を並べても、きっとあなたは満足なんてしないでしょう。


その全ての言葉に代えて、雲雀は細く息を吐き出した。


「……心には下行く水のわきかえり」

何の前触れもなく雲雀が口にした言葉に「は?」と口を開けたディーノの反応は、おそらく他のどんな反応の仕方よりも正解に近かった。

「言はで思うぞ言ふにまされる」

特別な感情の色を乗せるでもなく言い切った漆黒の瞳に、蜂蜜色の瞳が疑問符を浮かべて瞬く。
ココロニハシタユクミズノワキカエリ、聞き慣れない日本語を何度かなぞっていたディーノが、とうとう首を傾げて苦笑した。


「……なんて言ったの?」
「あなたのことが嫌いだって言ったの」


即答された答えにディーノの表情が固る。え、と絶句する彼の後ろで応接室のドアが三回叩かれる音がした。


時間切れ、だ。


「もう行きなよ」
「え、ちょ、恭弥」
「即刻この部屋を立ち去るか、僕に咬み殺されるか」


どっちがいい?


チャキ、と物騒な音を立てて、雲雀がトンファーが構えるのと、ドアが開きキャバッローネの優秀な部下が顔を覗かせるのがほぼ同時だった。こうなれば若いファミリーのボスに残された選択肢なんて一つに決まっている。ディーノは盛大にため息を一つつくと、彼の母国語で愚痴めいたことを言って机越しにクシャリと雲雀の髪を撫でた。

「電話するから、出ろよ」
「保障はできないよ」
「出ろって。じゃなきゃ毎晩でも鳴らしてやる」
「ワオ、喧嘩売ってるの?」
「声くらい聞かせろってこと。……じゃあ恭弥、行ってくるから」


額に寄せられた唇を甘受して、雲雀は目を閉じた。


行ってくる、か。
どっちが本国だかわからないじゃない。

目を開くと、黒い背中が視界の真ん中に映る。その後姿と張り詰めた雰囲気で、今回の<仕事>が一体どう
いうものなのかなんて簡単に想像がついた。

――恭弥、好きって言って。

その単純な<お願い>の裏に隠された意味なんて、考える余地も無い。

この人が怪我しようが死のうが関係ない。
だけど僕以外に殺されるなんて許さない。


「ディーノ」


金髪がドアの向こうに消える寸前のところで声を投げる。
行ってくる、それが意味するのは、即ち、帰ってくる。

戯れのように紡がれた言葉の数々が、足枷のように、手枷のように、重く堅固に動きを封じていることに気
が付かないのか。


「宿題、だよ。この短歌の意味がわからないなら帰って来なくていい」


閉まるドアの隙間、振り返った琥珀色の瞳が笑って、声もなく呟くのが見えた。

了解、と。

パタンと軽い音を立てて閉まったドアに、部屋の主は溜息を一つついた。
31文字。
言い訳のような告白のような、この歌の意味を今は知らないままで良い。
だけど、たった31の文字の羅列に潜んだ意味を、きっと彼は三ヶ月後に正しく理解してまたこの部屋にやって来るだろうから。
そのときはどうしてやろうかと、雲雀は微かに笑みを浮かべた。


『心の中では水が湧くように思いがあふれていて
言葉にするより言葉にならない気持ちのほうが強いのです』