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花言葉は復讐+続編-手繰る糸、繋ぐ先

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#4


 やっと戻って来てくれたんですね……兄さん。
 僕はずっとこうして、貴方と再会出来る日を待っていたんですよ……。
 
 
 
 
 
「え?」
 
 バスルームを探して、どれも似たように見えるドアをしらみ潰しに開けていると、坂上が不意に振り向いてキョロキョロと辺りを見回した。
 
「どうした?」
「日野先輩、何か言いました?」
「いや」
「そうですか……誰かに呼ばれたような気がしたんですけど」
「空耳だろ?この雨風だからな。人の声のようにも聞こえるだろうさ。もしくは……」
 
 この屋敷の住人達が、どこかでひそひそと話をしているのかも知れない──俺達を今度はどうやっておどかそうか──なんてことを。
 
「雨、止みませんね。やっぱり今夜は此処に泊まらせてもらうしかないんでしょうか……」
 
 何の変哲も無い書斎の窓辺に立ち、坂上は不安げに呟いた。
 
 今更だ。雨が止む気配はなく、外部との連絡も取れない状態。しかも何処をどう通って帰ればいいのかわからない。となれば、これから徒歩で帰宅するのは無謀というものだろう。
 せめてこの洋館の住人がまともな連中だったなら、道を教えてもらうなり、車で市街地まで送ってもらうなりできたのだろうが……。
 
 俺は何も言わず、分厚い本がびっしりと並ぶ本棚を物色し始めた。
 洋書や小難しい専門書が多く、適当に開いてみた一冊には、どちらかといえば文系な俺にとっては何が何やらさっぱり理解できない数式や化学式が記されている。
 日本語で書かれた本も「地球外生命体とその文明」だの「多重人格の症例」だの「魂の質量に関する研究」だの「遺伝と変異」だの「黒魔術の方法論」だの、マルチ過ぎてわけがわからないものばかりだ。
 
「先輩」
「うわっ!何だ坂上、おどかすなよ」
 
 窓辺にいた筈の坂上が、いつのまにか背後に立っていた。
 急に呼びかけられて取り落としそうになった本を棚に戻しながら振り返ると、坂上は少し青い顔をしている。
 
「坂上?」
「あの、何か音が聞こえますよね?外からだと思うんですけど」
「……」
 
 ギィ……ギィィ……
 
 確かに、微かではあったが、先程の車椅子よりもやや重い音が、雨音に混じって聞こえてくる。
 
「確かめに行くか」
 
 書斎を後にした俺達は玄関に向かいかけて、すぐ傍の突き当たりに勝手口を発見した。しかも例の音はどうやらその向こうから聞こえる。
 
 ドアを開けた途端に突風が吹き込み、思わず目をつむった。
 あまり気乗りしないが、先程みつけた懐中電灯で足下を照らしながら音のする方へ向かう。
 やがて見えてきたのは、うちの大学の農学部にあるものよりだいぶ見劣りする温室だった。
 住人が閉め忘れたのか、錆びた扉が風に揺れて悲鳴をあげている。
 
「なんだ、これか」
 
 俺達はほっとしながら扉を閉めようと更に近づき、懐中電灯で照らし出した。
 
「!?」
 
 その拍子に闇に浮かびあがったのは、硝子張りの扉に大きく殴り書かれた赤い二文字。
 
 【修一】、と──。
 
「な、何だこれ!?」
 
 坂上は虚をつかれたようにそれを見つめる。
 
「……お前のことじゃない。この家にも修一って奴がいるんだろうさ」
「ええ、……ですよね」
 
 顔を見合わせ乾いた笑いを漏らしながら扉を閉めると、俺達は逃げるようにその場を離れた。
 
 
 

 屋敷に駆け込んだ直後に入った部屋は、子供部屋のようだった。ついさっきまでそこで子供が遊んでいたかのように玩具が散乱している。
 照明のスイッチを手で探りつつ、坂上が動かす懐中電灯の光を目で追っていると、奥の壁にナイフが突き刺さっているのが見えてギョッとした。
 それは普段見慣れた調理用のものではなく、マジシャンがショーで使うような装飾的なデザインで、柄の部分には黄色い花が絡んでいた。
 
「これは弟切草の……ドライフラワー?」
 
 何故こんなにも不吉な印象を受けるのか。その理由に思い至って、複雑な気分になる。
 
「そうか……」
「先輩?」
「思い出したんだ。弟切草の花言葉を」
「え?」
 
「“復讐”」
 
 
 ──見過ごしていたことがある。この洋館を見つける前、対抗車を避けようとハンドルを切った俺は、木に激突する前にブレーキを踏んだのだ。あの時は間に合わなかったのだと思っていた。だが、あの踏みごたえのなさは──まさか仕組まれていた、のか……?
 
「誰かがブレーキに細工をして、俺達を事故に見せかけて殺そうとしたのかもしれない。俺達に恨みを持つ誰かが、復讐しようと……」
「えぇっ!?誰かって、誰ですか?僕は恨まれるような覚えは無いんですけど……」
「だろうな、俺もだ。だが、人間どこで恨みを買っているかわからないもんだぞ。お前にそのつもりがなくても……知らず知らずのうちに相手の心を傷つけているのさ」
 
 この屋敷の何処かに潜んで俺達を見張っている奴らこそ、その相手なのだろうか。
 
 だが坂上は、そんな俺の考えが気に入らないらしい。
 
「考え過ぎですよ」

 ──そうだろうか。
 首を捻りながら隣の部屋に向かうと、鍵がかかっていてドアが開かない。
 ここに住人が隠れているんじゃないのか?と疑いはしたものの、だからといって何ができるわけでもない。今はとにかく風呂に入るのが先決だ。
 
 さらにその隣の部屋には怪しげな薬品やホルマリン漬けの標本が並び、人の顔のような形をした植物が床を占領していた。
 
「この家の主は随分怪しげな研究をしているんだな」
「でも……最近は使われてないみたいですよ?」
 
 坂上はそう言って、埃を被ったビーカーを摘み上げる。
 
「そんなもんに触るなよ。次に行こう」
 
 その向かい側のドアを開けると、洗面所だった。ビンゴだ。硝子戸の向こうには少し狭いがバスルームもある。そして足下には、誂えられたように籠やタオルが。
 
「でも、ちゃんと水道が通ってるんでしょうか?」
「試してみるか」
 
 住人がいるのだから──あるいは別荘なのかもしれないが──使用はできる筈だ、と思いつつ蛇口を捻ると、頭上に掛けられたシャワーから赤い水が噴き出た。
 
「血!?」
「いや、違う。ただの錆だ」
 
 水は次第に透明になり、やがて湯気が漂い始める。
 
「ボイラーもちゃんと稼働してるみたいだな。坂上、先に入れよ」
「え?いいんですか?」
「お前さっきくしゃみしてたじゃないか。それとも、一緒に入るか?」
「……じゃあ、お先に失礼します」
 
 脱いだ服を丁寧に折り畳み、硝子戸の向こうに消えた坂上は、ほどなくして俺に声を掛けてきた。
 
「すみません、シャンプーや石鹸って、そっちにありませんか?」
「シャンプー……?」
 
 軽く見回してもそれらしきものは見当たらない。洗面所のシンク下の棚を覗けば、見たこともないメーカーの古臭い石鹸とシャンプー、ついでに薬箱を見つけた。
 
「ほい」
「ありがとうございます」 
 
 石鹸などは坂上に渡し、薬箱を開けてみる。その中には消毒液や包帯などの他、様々な種類の塗り薬が入っており、それらはすべて火傷用のものだった。