空は高い
この街ではあまり深呼吸をしたくない。頭が痛くなりそうだからだ。
端的に言えば“汚れている。”
喉の上の方で呼吸をしながら、ともすれば意識がどこかに持って行かれそうになるのをこらえていた。
「アイス食べようよ」
横から伸びてきた手に握られていたそれを受け取り、封を切った。
塔子が黙っていたせいか相手もそれ以上は何も言わなかった。
口の中にじん、と広がる冷たさを心地好く感じながら、彼女は隣にいる人間の手を握る。
「どうしたんだ?」
塔子らしくもない、と声の主。
しんと黙って首を振った彼女を見つめる瞳は彼女と同じ青だった。
ただ、彼女はその瞳を自分のなどよりずっと綺麗だと思っていたのだが――…
握っていた手を離す。
「フィディオなんて嫌いだ」
一瞬驚いた顔をしてからフィディオは再びにこりと笑った。
塔子はそんなフィディオが嫌いだった。なにか言えよ、と罰悪く思っていたら、急にフィディオが塔子の前に踊り出た。
突然の事で、呆気に取られているとその間にフィディオとの距離は消えていた。
「な、にを…」
再び彼との間に距離が出来た時、塔子は絞り出したようにそれしか言えなかった。
逃げられなくて、どちらのものともつかない唾液をごくりと呑んだはずなのに驚くほど喉は乾いていた。
「どうして?」
フィディオが問うた。その表情を見た瞬間に塔子は弾かれたように背を向けていた。
舌は麻痺している。アイスの甘ったるい香りが漂う。
――いつの間にか手からアイスの棒は消えていた。