鬼の目にも涙
人間は自分と違うものだと思っていた
人間は家族を持っていた
人間は愛情を持っていた
人間は死を持っていた
人間は 幸せを持っていた
自分が人間なのだと知ったのはつい最近だ
いやこの言葉には間違いがあるかもしれない、正しくは"人間なのだと思い出した"だろう
自分に全部教えてくれたこの男は吉田松陽というそうだ
この男だけは今まで会ってきた大人とは違った
その男と塾に住むことになったがしばらくは塾で何かを学ぶ気も起きず、ただ１番後ろの席でボーっとしたり 居眠りをして過ごした
自分がこの塾に現れてから早三日、自分の銀髪と紅の瞳を恐れて誰も近づこうとしなかった
これが普通の反応だ
今までこれが普通だった
あの男に会ったから調子が狂っただけだ
…でも、遠くでこちらを指で指しながらヒソヒソと何かを話している塾生を見ていたら、腹か胸の辺りが少し締め付けられた気がした
三日目
風邪で休んでいたという塾生二人が元気になったと、部屋の１番前であの男が言った
高杉晋助と桂小太郎
一人は同い年にしては目がキリリと鋭く、艶のある綺麗な髪、整った顔をした生意気そうな奴
もう一人は少し長めの髪を後ろで一つに束ね、いかにも真面目そうな顔の奴
そいつらが
俺に初めて声をかけてくれた塾生だった
十日目
俺は徐々に心を開いた
同い年で考え方も俺と似ていたこの二人とはいつも一緒に行動するようになった
他の奴らも桂のお節介な言葉で俺への恐怖心を無くし話してくれるようになった
｢じゃ、俺そろそろ帰るな｣
塾が終わって早々に高杉は言った
いつも塾が終わってから三人で遊んでから高杉と桂は家に帰るし、何より三人の一日の１番の楽しみだったから銀時は不思議で驚きだった
｢え、…何で？…遊んでからじゃねーの？｣
｢うーん、遊びたいけど今日父上の誕生日で、早く帰って来なさいって母上に言われてんだ｣
｢…… ……へー｣
｢そうか、じゃあまた明日な、晋助｣
｢おうっ、じゃあまた明日遊ぼうぜ じゃーな銀時、ヅラ｣
｢ヅラじゃない桂だ！！…て…あいつ足早いな、もう聞こえてないではないか｣
｢…んー…俺も今日は遊ぶの止めとこうかな、晋助もいたほうが楽しいし｣
｢ふむ、じゃあ俺も早めに帰って親孝行するとしよう！じゃあ銀時、また明日｣
｢うん、また明日なー！｣
勢いよく手を上に上げて降り、桂がこちらを向かなくなった時、急に力がなくなり一気に腕が落ちた
｢…父上か、｣
その夜
先生にどうしても話を聞いてもらいたくて、夜先生の部屋の障子の前にコッソリ行ってみたら
｢銀時？いらっしゃい、そんなとこにいたら寒くなってしまいますよ｣
すぐにばれてしまった
｢先生、俺ね 誕生日、知らない｣
だから何だ、って自分なら言う。むしろ今まさにそう思ってる
でもこの人は違うのだ
｢そうですか…では、今から貴方は私の子になってもらいましょう。そうすれば私と貴方が出会った日の10月10日が貴方の誕生日ですよ。…少々強引すぎましたかね｣
なんて勝手な人なんだ、って最初は呆れた。でも不思議とこの人の言葉は全部俺を救ってくれる言葉だった
｢子、先生の子か、俺が先生の子でいいの？…｣
｢勿論です。名前も私が名付けさせてもらいましたしね。銀時が嫌じゃなければ、ですが｣
別に何でもよかったけど不快な気持ちは一切なかった
｢うん、ありがとう先生｣
そう素直に言ってみると、何かが少し楽になった気がした。にこっと優しく笑った先生を見てたら少しだけ目の下に水が溜まった
｢今日、晋助が、父上の誕生日だって。遊び、しないで、帰って、それで｣
｢うん ゆっくりでいい、銀時のお話をして下さい、私は貴方の話が聞きたいです｣
あれ、溜まってた水が下に垂れた。
おかしいなあ
水は目から出るものなのか
それに何故か喉が変でうまく喋れない
｢家族、って、？｣
｢銀時、今貴方には家族が出来たじゃないですか｣
あ そっか
あれ
水ってしょっぱいものだっけ
鬼の目にも涙