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甘い唇のせい

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眠い目を擦る後輩を何とか部屋まで送り届け、会計委員会に割り当てられている部屋に戻ってくるなり聞こえる寝息。
机に突っ伏して、すやすやと夢の世界の住人になり果てていた我らが委員長_加藤団蔵。
徹夜続きだったので仕方のないことだけれど、自分だけ悠長に眠りこけている団蔵に、左吉は少しだけ苛立ちを覚えた。

「おい、団蔵、起きろ。自分の部屋に戻って寝ろよ」

ゆさゆさと揺さぶってみるが、相当眠りが深いのか、意識が現実に戻ってくる気配は見受けられない。

「団蔵、こんな所でうたた寝してたら風邪ひくぞ」

「ん~…」

左吉の言葉に反応したのか、ただの寝言か、どちらかはわからなかったが、団蔵が当分起きそうにないということだけはわかった。
深い溜息を吐いて、団蔵の傍に腰を下ろす。

「ったく、アホのは組はこれだから」

嫌味を言ったところで、その相手はただ今夢の世界。
このまま団蔵を放っておくわけにもいかず、どうしたものかと思案する。
うーん、と考えながら机に肘を付き、何気なくこちらに顔を向けて眠る団蔵を観察してみる。
健やかな表情で、すぅすぅと規則正しい寝息を立てていた。
閉じられて見えない瞳に、少し寂しさを覚える。
だけど、閉じているからこそはっきり見える睫毛は、思っていたより長くて驚いた。
最上級生になって、身体も心も今までよりずっと逞しくなった彼は、だけど眠る姿はまだあどけなさの名残を感じさせてくれた。
それが妙に微笑ましくなって、少し笑みを溢す。

「潮江先輩は、よく眉間に皺寄せて眠ってたっけ」

今の団蔵とは正反対の、青年より上を行く、そう、完璧に大人の表情だった。
それを思い出して少し苦笑いしながら、人差し指で団蔵のおでこを突いてやる。
すると、少し身じろいだ団蔵が、足りない酸素を補うように薄く口を開いた。
その動作に、思わず左吉の胸がどきりと音を立てる。

女性のようにふっくらとはしていないが、妙に艶めいているように見える団蔵の唇。
そして、隙間を縫うようにちらちらと覗く赤が眩しい。
気付けば、吸い込まれるように唇を重ねていた。

身体を合わせるどころか、接吻すらご無沙汰だった左吉の身体には、それがとてつもなく刺激的なものに感じられた。
久しく触れていなかったその箇所があまりに心地よく、離れることが惜しく感じられた左吉は、一度解放したそれをもう一度繰り返した。
今度は先程と違い、深く、じっくり味わうように重ね合わせる。
そして、己を誘うかのように覗かせていた舌を絡め取り、ちゅっと軽く吸い上げた。
唾液と唾液が絡み合い、名残を惜しむように糸を引き、離れた二人を尚も繋いでいる。
エスカレートしそうな行為に危険を感じてか、眠る団蔵が大きく身動ぎをした。

「ん、さき、ち…?」

はぁと少し荒い息を吐いて、団蔵が薄らと目を開けた。
少し熱の籠った瞳は、焦点が合っていない。
だけど、左吉の姿は薄ぼんやりと確認出来たのか、何してるんだ、と小さく呟くように問いかけてきた。

「敢えて言うなら、イイコトじゃないか?」

にっこり、と。
目の前の彼がこんな風に笑う時は、大抵自分に不幸が襲いかかる前触れなのだ。
団蔵は身を持って体験しているから、その事実ははっきりとわかる、それはもう嫌と言うほど。
さぁっと血の気が引くのがわかり、後ろに手を付いて大きく後退するも、その腕はすぐさま左吉に捉えられてしまう。

「久しぶりだから、優しく出来ないかもな」

「え、な、何を、かなぁ~…あは、あはは、左吉さん、目が血走って…ちょっ待てまてまて!左吉、悪かった!徹夜続きはまずかったよな!うん、ごめん!もう無理させないから、だから今日はやめ、」

左吉は抗議の言葉を吸い込むように、深い口付を一つ送った。
作品名:甘い唇のせい 作家名:arit