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イギリスのナイフとフランスの笑み

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 アーサーがナイフを振るうとフランシスはひどく無感情に笑った。”笑って”いるのに感情が無いだなんてとんだ矛盾だけれど、それでも一応は笑みだった。
「俺はナイフだ」
 握ったナイフでフランシスのシャツを切り裂いて、アーサーが言う。彼はナイフなのだそうだ。
 自称ナイフはナイフをぶんぶん振りまわしまくる。振るうたびに空気を切って、午後の風に揺れるカーテンを切って、銀のカトラリーを絨毯にぶちまけて、時たまフランシスの胸板をかすめて、そりゃあもう、部屋は殺人事件現場みたいだった。いつ警察官が乗り込んで来てもおかしくはないだろう。
「じゃあ俺は何なのか言ってごらん」
 ぽたぽた血を滴らせながらフランシスが問う。胸から腹から、真赤な傷が糸のような細さでもってつけられている。
「知るかよ」
 ナイフが空をきる音が具合良く定まったリズムを奏ずれば、傷ついてなお軽やかに狂刃を避け続けるフランシスの姿は舞踏に興じる紳士の、ナイフとともにフランシスへ踏み込み迫るアーサーは貞淑を胎内へ置き忘れてきた淑女のごとく。ふたりきり、密やかなダンスパーティ。なんと麗らかな午後だろうか。
「知りもしない男と寝たの?」
 また問うフランシスの表情も声色も貴婦人をベッドへ誘い入れるためのそれだったけれど、アーサーは真に婦人でも、ましてや貴い訳でもない、今この場では。答える彼は穏やかに笑む。
「ナイフを突き立てたらわかるから」
 こんなにも穏やかなアーサーの表情を目にするのは、フランシスは初めてだった。それから、最後でもあった。