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こころのむこうがわex

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白いベッドに横たわった少年は、まるで息をしていないかのように静かだった。
青白い顔と、そして、首筋に巻かれた真っ白な包帯に視線が縫いとめられる。
ベッドの脇に跪いて、シーツの端からわずかにはみ出ていた小さな手に触れ、腕を辿って、頬に触れる。
その頬もどこかひんやりとしていて、不安になった。
みかどくん。
その少年のほかの誰にも聞こえないような小さな声で、呼びかける。
はやく目を覚まして。俺を見て。
少年のまぶたは動かない。
それでも、諦めずに、彼は何度も繰り返した。
ねぇ、みかどくん…。

「…ん、…ざやさん…」
この世界で誰より大切な少年の声が聞こえる。
「臨也さん、起きてください。…もうすぐ約束の時間ですよ。」
臨也は、肩を揺さぶられ、浅い眠りから目を覚ました。
新しい街での事務所とした部屋のソファで、思わず眠り込んでしまっていたらしい。
開いた瞳には、夢の中で狂おしく求めた少年の姿が映る。
その瞳には、臨也の姿がちゃんと映っていて、どこか気遣わしげな色を浮かべている。
「みかど、くん。」
飢えていた喉が潤いを求めるように、臨也は込み上げる感情にしたがって、その腕を強引に引き寄せた。
「っわあ!?」
体制を崩して臨也の方に倒れこみ、思わず声を上げる帝人。
帝人の体重を受け止めた臨也は、ぎゅうっと帝人を抱きしめて、
「帝人君、帝人君…。」
と何度も名前を囁いた。
帝人は困ったように、けれど落ち着いて、そんな臨也の背をぽんぽんと叩きながら言った。
「臨也さん、お疲れのところ申し訳ないですが、もうすぐ出発しないと、約束の時間に間に合わないですよ。」
我ながらすっかり臨也さんの秘書だなぁと思いながら告げると、
「このまま動きたくないから、今日の約束は取りやめにするよ。」
悪びれずしれっと言う臨也に、呆れる。
「こんな気ままにしていると、いずれお客さん来なくなっちゃいますよ。」
言っても無駄だろうなと思いつつ帝人が言うと、
「かまわないよ。そうなったら街を変えるだけだしね。
 でも、こっちが有益な情報を握っている限り、彼らとしては俺を頼らざるを得ないから、問題ないさ。」
相変わらずの楽しげな口調の臨也に小さく溜息をつく。
「もう、知りませんよ…。」
そうこうする内に、臨也は手早く手元にあった携帯で、日程変更の旨を顧客に連絡してしまった。
臨也の腕は離れてくれそうもないし、諦めてこのまま僕も寝てしまおうかなと思って力を抜いた。
臨也も、帝人を胸に閉じ込めたまま、またうとうとし始めたようだ。

こんな穏やかな時間をすごせるようになるまで、随分かかった。
例え殺されてしまってもかまわない、そう思って、臨也の手をとってから、実際に何度殺されそうな目にあったかわからない。
臨也の手で直接ではなく、臨也の敵と言える人間に酷い目に合わされかけたこともある。
そんな目にあっても、何度酷いことをしても、本当に帝人が逃げ出さないことが分かってくると、臨也の態度は目に見えて軟化していった。
最初のころは、帝人の前でこんなに無防備に眠りこけていることはなかったのだ。
恐らく、今度こそ帝人を手の内から離さないために。

しばらく浅い眠りを行ったり来たりした後に、ふと目を覚ますと、臨也の瞳と目が合った。
帝人が目覚めたことに気づいたのか、にこりと笑った臨也は、こんなことを言った。
「ああ、帝人君をこうやって俺の腕の中にずっと閉じ込めておけたらいいのにね。」
どこか陶酔としたその口調にひやりとしたものを感じて、帝人は釘を刺した。
「…もう、薬はやめて下さいよ。」
臨也に触られても平気になった今でも、体が全く思うように動かず、ただひたすら臨也に奪われたあのときのことはやはり、悪い夢のような記憶として帝人の中に残っている。
あのことがなければ、臨也の気持ちを認め、その傍にいようと思わなかったのも確かではあるけれど。
咎める口調の帝人に、臨也は楽しげに言った。
「もちろん。
 帝人君がもう二度と俺の側を離れず、俺を拒絶しなかったらそんなことはしないよ。」
…それはつまり、離れていこうとしたら、また同じことをするということで。
冗談、ではないんだろう。
いつも本気か冗談か良く分からない臨也だが、これはきっと本気なんだろう、と、全く笑っていない臨也の目を見て思った。
帝人は、はあ、と、溜め息をついて、そっと臨也の背に自分の腕を回した。
「心配しなくても、今更いらないって言われても、もう簡単に離れてなんてあげませんよ。」
吐息のような声で、告げる。
言った後で何だか恥ずかしくなって俯くと、一瞬固まっていた臨也が、緩んでいた腕を改めてがばりと帝人の背に回して、ぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
「い、いざやさん…!?」
驚く帝人の頬や額にキスの雨を降らせると、満面の笑みを浮かべた臨也は、
「帝人君、大好きだよ。」
そう言って、帝人に頬擦りをした。
懐いてくるようなその行いに、帝人は、『どこからどう見ても、大きな子供だ…』などと思いながら、あやす様に臨也の背を撫でた。
そうしていると、その子供の手が、するりと自分の衣服の中に侵入してきたことに気づく。
「…臨也さん。」
「何かな、帝人君。」
相変わらずにこにこと笑っている臨也に、半眼で告げる。
「まだ、お昼なんですが…。」
部屋の中のライトは落ちているものの、大きめにとった窓からはさんさんと陽が降り注いでいる。
すると、臨也は近くに転がっていたリモコンを手にとってそれを操作し、窓のブラインドが全て落ちた。
薄暗くなった部屋で、これで暗くなったよ、とばかりに満面の笑みを浮かべ、臨也は言った。
「仕方がないんだよ。俺はいつでも帝人くんを全部食べてしまいたいって思っているんだから。」
「…本当に食べないで下さいよ。」
猟奇的な意味で、半分くらいは本気に聞こえるその言葉に釘を刺しているうちにも、臨也の唇が、帝人の首元に、頬に、唇に落とされる。
諦めたように力を抜く帝人ににこりと微笑みかけて、臨也は言った。
「帝人君、愛してるよ。」
その言葉に、帝人も、囁くように応えた。
長い混迷の先に見つけた、自身の真実の想いを持って----
「…僕も愛しています、臨也さん。」
作品名:こころのむこうがわex 作家名:てん