夜に溺れるのなら、もうおやすみ
水を打ったような静けさをたたえた闇の中に、それはやけに大きく響く。いかにも高級そうなベッドは、雲雀の軽い体が動いただけでは軋みもしない。
聴覚が拾うのは、自分がたてる衣擦れの音と、隣で眠る金髪の微かな呼吸だけ。
夜に、眠れなくなるのは、何も今日が初めてなわけではない。
一度意識が覚醒すれば、どんなに足掻いたって再び眠れることは皆無に等しい。体がどれだけ睡眠を欲していようと、どんなに疲労していても、だ。こうなったら諦めて、朝の光が漆黒の闇を侵食していくのを見守るしかない。
経験でそう悟っている雲雀は、今夜もまた密かにため息をついた。
今、何時だろう、と。
時刻を知りたくても、時計のないこの部屋(ディーノが時間に縛られるのが嫌だとか言い出したために時計は全て隣の部屋だ)では、星も月も読む術もなければそんなことは不可能。時計を見に行くついでに風にでも当たろうかと雲雀が上半身を起こすと、それを阻むようにその腕は掴まれた。
起こしてしまったかと、雲雀はうつ伏せに眠るディーノの顔を覗き込んだが、その瞼は固く閉ざされたまま。
寝ぼけているのかと、そっとその腕をはずそうとすると、眠そうな声が聴覚に届いた。
「……恭弥、眠れねえの?」
「別に、ただ外の空気が吸いたいだけ」
溶けそうな蜂蜜色の瞳に、雲雀が思わず首を横に振ったのはほぼ無意識のこと。
ディーノは瞳を瞬かせて、たまゆら雲雀を見つめると、何か納得したかのように微笑んだ。
「行くなよ、恭弥」
傍にいて、囁かれた瞬間にはあっという間に腕の中に抱きこまれていた。
「ここにいれば、眠れる、か、ら」
「……ディーノ?」
途切れ途切れになった言葉を不思議に思って呼びかけ、そして近いところで聞こえる呼吸が深く大きくなったことで彼が眠ったことに気付く。
勝手な人。
呼び止めておいて寝るなんて。
呆れて果ててため息をつくと、雲雀は瞳を閉じる。
隣に眠る体温が意識を眠りへと誘う。
心地が良い、なんて。そんな馬鹿な。
それでも。
それでも、今なら彼の呼吸に溺れて眠れてしまえると、そう思えた。
作品名:夜に溺れるのなら、もうおやすみ 作家名:茉雪せり