I love you,You love me?
阿部くんのこと、好き、だ。
橙色の暖かい陽光のなか、数歩先にいる彼に向かって放った言葉は、その場に不釣り合いなくらい冷たく響いた。自分の爪先を凝視しながら必死に絞りだした台詞に背筋が凍る。
こんなにも醜い独占欲を彼に知られて嫌われてしまうのがこの世で一番恐ろしいのに。
それでも伝えたのは、彼に触れられるたび溢れ出す感情に蓋をする勇気がなかったからだ。暴れる衝動を理性で宥めて、彼の隣で"普通"を振る舞う勇気がなかったから。
力一杯頭を掻き撫でてくれる度に、満足げに笑ってくれる度に、18.44メートル先から真っ直ぐな視線で見詰められる度に、破裂寸前な心臓に、もう耐えられなかった。
それなのに、衝動を抑える力もなかった理性が今さら騒ぎ出す。
絶対気持ち悪いって思われてる。今、冗談だって言えばぎこちないながらも元に戻れるかもしれない。
普通に友達でいられれば、バッテリーでいられれば、それでいいじゃないか──
だけど、と思う。
それじゃ物足りないと思ってしまった。
思ってしまったらもうダメだった
。
我が侭で傲慢な感情が波立つ。
阿部くんじゃなきゃ駄目。
阿部くんが好き。
ねえ、阿部くんは。
阿部くんは、オレのことどう思ってる──?
何の反応も返さない彼に、意を決して顔を上げる。
彼、は。
オレンジ色に染まる光のなかで、片手で口を抑えてこちらを見詰めていた。目が合う。バチッと静電気のような音がした。
「やっぱ、気持ち悪い、よ、ね」
黒い瞳から逃げるように視線を落として呟く。泣きたくなったのは、本当に無様に震えた声のせいだけか。
「ごめ、ね、忘れ、」
「──ちげえよ」
遮るようにグラウンドに響いた声にもう一度視線を上げる。
綺麗な黒い目に浮かぶ感情は、いつだってうまく読み取れない。
「気持ち悪い、なんて。そんなわけないんだ、三橋」
まだ、名前、呼んでくれる。
まわらない頭で、ただそれだけで幸せで。
ただ見詰めていると彼が近付いてきた。
5、6、7歩。
いつだって、自分では埋める勇気のないその距離を、彼は簡単に埋めてしまう。夕陽に染められた顔を見上げていると、そっと右手が掴まれた。ひどく冷たくてびっくりする。
彼が、緊張している。
確かに同性に好きと言われれば血の気も引くよな、一発殴られるかな。
鈍い音を立てながら止まっていた思考が回りだしたとき、
「俺もお前のこと好きだよ」
降ってきた言葉に耳を疑う。
まさか、そんな都合のいい聞き間違いがあるのか。
「……嘘だ」
無意識に呟くと、握られた手に一層力が込められる。
「嘘じゃねえよ」
「うそ、です」
「嘘じゃねえって」
「うそだぁ……!!」
三橋、と強く呼ばれて抱き寄せられる。想像していたよりも全然高い体温に、泣きたくもないのに涙が零れた。
「投手としてじゃなくて、友達としてじゃなくて。……俺はお前のこと好きだよ」
囁かれた言葉に、夢のような中で何よりも確かな彼の匂いの中で、ただただ頷くしかなかった。
(好きなんです愛してください)
作品名:I love you,You love me? 作家名:茉雪せり