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目醒めた彼は観劇する

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「まじょになればいいんだよ」

僕はその時言った。
世にも珍しい、滑らかな緑の髪を持つ女の子に。

大切で大切で――あまりに大切すぎて、壊してしまいたくなってしまうような存在に。

女の子は、僕の言葉に小首を傾げた。どうやら、意味が分からなかったらしい。
時折入れ替わって現れる彼女の妹とちがって、彼女は少し頭がよろしくなかった。

「だからね、まじょになればいいんだよ。そしたらなんだってできるよ! だってまじょは、まほうがつかえるんだから!」
「まほう?」

大きな瞳を更に大きくして聞いてくる女の子に、僕は更に楽しくなって続ける。

「そう、まほうだよ! なんだってできる、ふしぎな力」
「……そんなものがあるの?」

訝しそうに見る女の子に、僕は満面の笑みを返した。
もう少し。

「あるよ。だからまじょになればいいんだ! シロちゃんならなれるよ!」
「どうやってなるの?」

食いついた。

「あくまとけいやくするんだよ。大切な人をささげるんだ」
「ささげる?」
「あげちゃうんだ。毒とか飲ませてね」

興味津々に聞く彼女に、僕は笑った。
どこまでも人間臭く。


――そんな所で目が覚め、僕は久しぶりに自分で身体を動かせることに気づいた。


自由に動かせる身体と、身体の節々から感じられる痛みに、はぁと重苦しいため息をつく。
まだ僕は、目覚める時期じゃなかった筈なんだけど。

「困るんだよなぁ……僕が眠っている間に、こういうことされるのって」

流れ込んでくる、それまで目覚めていた俺の記憶を認識して、そう呟いた。
B校舎最強決定戦とか言ってたか。通常ならば、我らが生徒会長剣シロオの勝利に終わる、実に味気ない催し物だった。

そこに乱入してきた超悦者による、番狂わせさえなければ。

「いや、そりゃ僕としては面白いんだが……シロちゃんがここまでやられるなんてなあ」

しかも毒で。
まぁ、その「毒」っていうキーワードと、堪らない無力感があったから、俺が沈んで僕が浮かんできたわけだが。

結果オーライかな。
そう思って、立ち上がる。

そんな僕を見ていた、湯船の中に座っている麗しの桃色髪のお姫様――耳寺ジュリエットは、満身創痍な僕が平然と立っているのを訝ったが、すぐに調子を取り戻して言った。

「やめておくんじゃな。お主に妾を倒すことは叶わぬよ。お主の経歴はよく知っておる、大切な少女の手にかかって殺された……」
「そうだな。確かに僕はシロちゃんに殺されかけ、俺が生まれたよ。予想通りに」

鈴の音のような美声を遮り、はっきりと言う僕。
盲目をカバーする為に必死になって生きてきた綺麗な綺麗なお姫様の上から目線なんて、この身に浴びたくも無い。

一層不思議そうな顔をしたジュリエットは、派手な扇を静かに閉め、僕を指す。

「なら」

濁った目で、僕が居るだろう場所を睨む。

「お主は、何者じゃ?」

支配者然とした、命令に近い問いかけ。

僕はそれを笑った。
嗤った。
どこまでも酷い見下した気持ちで、ジュリエットを嘲笑ってやった。

そして、無いものねだりを止めることのないお姫様に、優しく優しく真実を告げる。

「俺である時の恋塚ミミクロは」
「生徒会雑用係で」
「剣シロオの魔法でもある」
「人間じみた幽霊だ」
「そして」

腰に手を当て、僕は続ける。
名乗り上げなんて、何年振りだろう。

「僕である時の恋塚ミミクロは」
「B校舎総代表であり」
「剣シロオに俺と言う魔法を与えた者でもある――」

そこで一度言葉を切り、限界まで歪めた口の端を見せつけ、名乗る。

仮想に力を与える者。
他を貶め嬲る者。

世界の負を愛し続け――神に唯一愛されない者である、その存在の名を。


「どこまでも醜悪な、『人間』さ」


名乗りに固まるお姫様。
背後のベッドで動く王子様。

さぁ、舞台の準備は揃った。
笑わせてくれよ、役者達――この僕に、悲喜劇を見せてくれ。
作品名:目醒めた彼は観劇する 作家名:三重