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覆水盆に返らず

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その男を見つけたのは、ロッテリアでひとり昼食を取り池袋駅へと向かう途中だった。
駅前の大通りの信号が赤なのを確認し視線を巡らす。その先に、地下街へ降りていく黒いコートを見つけてしまったのだ。こんな暑い季節に黒いコートなんて好き好んで着るような奴を俺はアイツ意外に知らない。
以前、新羅が俺にはノミ蟲サーチなるものが備わっているに違いないと云っていたことがあるが、不本意ながら、もしかしたらそれは事実なのかもしれないと俺は忌々しく思った。臨也の妹たちはヤツがどこか北の方で刺されて入院しているのだと話していた。ならば今目の前にいる男は何なのか。たとえば幻であってくれたのなら(それでも相当に気分が悪いことは否めないが)幾分か良かったのに。
実にタイミング良く、或いは相手にも一種俺を感知する機能が備わっているのかもしれないが、折原臨也は階段を数歩下りたところでふいに振り返った。残念なことにそれは幻でも見間違いでもなかったらしい。臨也は一寸だけ驚いた顔をして、そしてすぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。それだけで、十分だった。
一瞬にして怒りが沸点まで上がった俺は地面を蹴り一直線に走り出した。今日は仕事が休みだったのでいつものバーテン服を着ていない。それだけの違いで周りの人間たちの反応は鈍かった。進行方向を阻む人たちがみな一様に迷惑そうな視線を向けてくるだけだ。「あれ、平和島静雄?」間抜けな声が上がり、ようやく弾かれたように人が離れていく。直線に開いた道の先で臨也は呆れたように俺を見ていた。いつもならとっくに逃げるか臨戦態勢をとるくせにどうしたのだろうかと疑問を湧くのと、ヤツの隣にいた小さな人物の存在を認識したのは、ほぼ同時だった。

「竜ヶ峰?」

血が上るのも一瞬なら、冷静さを取り戻すのも一瞬だ。臨也を殴ろうと振り上げた拳を所在なく下ろし、驚いた顔で俺を見つめてくる少女に、やはり俺も驚いた顔を向ける。臨也が口端を持ち上げ、彼女の肩を引き寄せた。
「な、にしてんだ」
「何って?お持ち帰り」
「はあ?」
何ふざけたことを云っているのかと顔をしかめるが、彼女も否定する様子がない。彼女は臨也に肩を抱かれたまま抵抗することもなく、ショップ名の入った可愛らしい紙袋たちをぎゅうと握っていた。
「パルコで買い物して、ビックで家電見て、さっき31でアイス食べてきた」
まあデートだよね。訊いてもいないのに臨也は自慢げに云っていたがそんなことは耳に入らない。一歩竜ヶ峰に近付くと、彼女は一つ段を下りる。それがちょうど臨也の後ろに隠れるような形になって、ひどく不愉快だった。
「ノミ蟲には近寄んなって云ったよな」
彼女に向かって云う。思っていたよりもずっと不機嫌な声音に、彼女もびくりと肩を揺らした。
「今日は…お休みなんですね」無理に彼女は笑顔を作る。
「帝人くんを怖がらせないでくれるかなあ、シズちゃん」
一人楽しげな臨也は俺を追い払うように手をひらひらと振った。臨也に視線を向ければ実に腹立たしいほどの笑みを浮かべていて、思わず横にあった標識に手を伸ばしかける。
どうしてどうしてコイツと一緒にいる?言葉にできない疑問をため息にして吐き出す。消化しきれない苛立ちを拳に込める。それでも暴力を抑えられたのは、彼女がいたからだ。
「なんで・・・」
「ダラーズを抜けたシズちゃんに興味なくなっちゃったんじゃない?」
答えたのは臨也だった。すかさず、臨也さん、と彼女は非難の声を上げる。以前、ようやく肩くらいまで伸びたのだと一寸恥ずかしそうに云っていた彼女の黒髪がふわりと揺れた。伸ばしたら似合うんじゃないか。そう云ったのは、俺だ。
「ダラーズが何の関係があるんだよ」
その言葉は本心ではない。実は、なんとなく気が付いていた。
ダラーズを抜けると、そう彼女に宣言した時彼女は一瞬言葉を失い、そして泣き出しそうな顔で「どうしてですか」と訊いてきた。もううんざりなんだ、言葉短にそう云った俺に、彼女は俯き顔を隠した。そんな彼女の様子を見て俺は、誰かを犠牲にするような、倫理とか道徳とかそういったものをどこかに置き忘れてきたような、そんなヤツらと同じには属せないのだ、と。そもそもどこかに属するようなことは苦手なんだ、と。そんな言い訳がましいことを並び立てながら、この時の俺は何故こんなに必死に弁解しているのだろうと思っていた。彼女が泣きそうな顔をしたその本当の理由を俺は知らなかったけれど、本能で気付いていたのだろう。
「静雄さんらしいですよね」
そう小さく呟いて微笑んだ彼女との距離が、どうしようもなく開いてしまったこと。彼女が、急激に俺への興味を無くしてしまったこと。
俺はただ、彼女がダラーズのごたごたに巻き込まれはしないかと。いつか池袋全体を巻き込んだ面倒事に傷付けられてしまうんじゃないかと。純粋に俺に羨望を、好意を向けてくれた彼女を、そういった一切から遠ざけたいと、守りたいと、思った、だけ、なのに。
どこで間違えた?側に置いておけば守れると思っていた。側にいてくれると思っていた。なのに呆気なくすり抜けていってしまった。

「ダラーズなんて、関係ないですよ」

髪を揺らして彼女は笑った。
穏やかに、綺麗に、この場に相応しくないひどく優しい笑みを、彼女は浮かべた。
まるで死刑判決だ。



作品名:覆水盆に返らず 作家名:けい