【腐】LOVE IS DEAD
——俺の事、嫌いになってくれた?
僅かに涙を浮かべて、震える声で告げた臨也の表情は、今もなお、静雄の胸の一番深いところに焼き付いて、離れないでいる。
平和島静雄と折原臨也は、俗に言う犬猿の仲というくくりに分類される。
当人同士がそれを認めているし、周知の事実だ。間違っても、大親友はおろか、友人と呼べる間柄でもない。
強いて言うならば同窓生、といったところだが、それすらも不快だと言わんばかりの態度をふたりともが取るのだから手に負えない。
静雄にとって、言葉を武器にする臨也のようなタイプの人間は特に苦手な部類であったし、また臨也にしてみても、理屈の通らない静雄のような人間は苦手としてきた。
出会った当初から歪み合い、喧嘩に喧嘩を重ねた結果、顔を付き合わせれば戦争が勃発する今のような関係に落ち着いたものの、静雄にとっては決して喜ばしいことではなかったのだ。
名前の通りに静かで落ち着いた生活を望む静雄だが、今までのところ、ことごとく臨也に振り回されてきた。まだ、名前のような平々凡々な日常とは程遠いらしい。
思えば、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けられる頻度が上がったのは、明らかに高校に入ってからだった。それらの多くは臨也の策略によるものであり、望まぬ喧嘩に翻弄されつづけた高校生活だったように思う。
卒業後も、静雄を取り巻く状況に大きな変化は見込めなかった。くだらぬ理由を盾に喧嘩に巻き込まれ、突き詰めた原因のほとんどは臨也によるもので、池袋の街中で張本人たる臨也を見つけては手頃な自販機やカーブミラーを投擲して殺し合いが始まる。
変わらない日常。
嫌悪を剥き出しにして殺し合う。
ただ、それだけのはずだった。
先日、静雄と臨也は関係を持った。
他にいい言い回しがあればそちらを使いたいところなのだが、自分達の関係性において、あの夜の出来事を一言で表すならばそうとしか言いようがなかった。
それなりに長い付き合いでありながら、これまで遭えば喧嘩しかしてこなかったふたりが、何かの間違いで関係を持ってしまった。
男女であればよくありがちな、酒の上での出来事だった。
互いにアルコールが回りきった思考回路で正常な判断などできるはずもなく、結果として一夜の過ちというとんでもない関係性が生まれてしまった。
望んだわけではない。訳もわからずに興味本位という言い訳を使ってその場をしのぎ、酒という一番簡単で説得力のある理由をでっち上げて、互いにあの夜の出来事を正当化しようとした。
それだけならば、まだ良かったかもしれない。
静雄と臨也が関係を持ったその翌日、静雄は冤罪によって警察に身柄を拘束され、時を同じくして臨也は新宿へと居を移したのだ。
突然に降りかかった災厄はすぐに無実だと証明されたものの、その発端となった臨也が新宿へと逃げ込んだ事が事態の終息を遅らせる結果となってしまった。
あの夜の出来事を、静雄はそう簡単に割り切る事ができなかった。割り切れずに燻り続け、自らが拘束された事と何らかの関係があったのではないかという推論に基づいて、ついには新宿の臨也の自宅近くまで押しかけてしまった程だ。
何が静雄を突き動かしたのかは判らない。
知りたいという衝動からか、それとももっと別のところに要員があるのか。
困惑を隠しきれない静雄を迎えたのは、記憶の中に焼き付く折原臨也ではなく、どこか不安定さを滲ませた一人の男の姿だった。
関係を持ったことによって、変化していく距離感に、先に耐えられなくなったのは、果たしてどちらだったのだろうか。
——それなら……ずっと、嫌いなままでいて。
自嘲めいた笑みを浮かべながら、臨也がぽつりと告げた言葉は、静雄の心の奥深くに刺さったままの棘を、更に奥へと押し込んでしまった。
今更確認するべき事でもないはずだった。例えそこに身体の関係が紛れ込んだとして、それだけの事実で関係性が改善されるほど、ふたりの溝は浅くはなかったのだから。
言葉に込められた真意を汲み取るよりも先に、口が動いていた。
——言われなくとも、手前の事はずっと嫌ってやるよ。
ほんの数分前に発した言葉を脳内に反芻させながら、静雄は胸ポケットから煙草を取り出した。慣れた手つきで火を点け、紫煙をくゆらせる。
失念していた。臨也を相手に、話をする事そのものが無謀だった。理屈を武器にする男を相手に、まともに話などできるはずもなかったのだ。
結局、何も判らなかった。臨也の言葉に隠された真意も、行動の端々に見え隠れしていた真実ですらも。
ただ、ひとつだけはっきりしていた事がある。
臨也が、嘘を貫いたという、それだけは静雄も理解できた。
作品名:【腐】LOVE IS DEAD 作家名:玲菜