モスクワは涙を信じない
※微微えろ注意
――どうしてこうなったんだろう。
最初はただの好意だった。
次第にその好意は帝人を絡め取り、さらには檻のように帝人を逃げられないよう閉じこめた。
だがそれだけでは無かった。
その好意は、折原臨也から竜ヶ峰帝人へと向けられる狂気とも呼べる好意は、まるで鎌のように帝人に近づく者へと向けられた。
それが帝人自身を深く傷つけるものだと知りながら、むしろ知っているからこそ臨也は彼に近づく者を傷つけ続けた。
決して殺すことはしない、殺すより傷つける方が効果的だとしっていたからだ。
そんな臨也を目にしても、帝人は臨也の下を離れようとしなかった。
周りの人々が傷つけられ、それによって自身が傷つこうとも、彼は臨也を愛していた。
それほどに帝人も歪んでいたのだ。
「臨也さん、僕は僕が嫌いです」
「そう?でも俺はそんな君が好きだよ」
「貴方のことを憎めない、そんな僕が殺したいほど憎い」
無表情のまま、その瞳に感情を乗せぬまま淡々と話す帝人を臨也は抱きしめた。
ためらうかのようにゆっくりと、そして壊れ物を扱うかのように優しく。
臨也が帝人を愛する方法は実に様々な方法があった。
キスやセックスは勿論、愛用のナイフでその成熟しきっていない肢体を切りつけたり、今現在のようにひどく優しく扱ったりした。
そのどれをも帝人は逆らうことなく受け入れた。
そして決まって行為が終わった後呟くのだ。
『僕が憎い』と。
それを臨也が嫌っていることも、それによって自身が傷つくことも帝人はよく理解していた。
それでも、否、だからこそ帝人はそれをやめない。
――いっそ死んでしまえたら良かったのに。
*
はあ、とわざとらしいため息が室内に響く。
ため息の主――波江の視線は事務所の窓に向けられていて、その指は苛立ったように一定の間隔でコツコツと音を鳴らしている。
波江は耐えきれ無かったのか、室内で書類整理に勤しんでいる少年を軽く睨みつけた。
その視線を受けた帝人は、ふい…と波江に背を向けた。
「今日も来てるわよ、あの子たち」
「…そうですね」
「1度くらい会ってあげたらいいのに…まあ、私は帰るわね」
波江が事務所を後にしてからも、帝人は窓を見ようとしなかった。
ただひたすら一定の条件に従って書類を分けて、分けて分けて、分けて。
窓の下に見える姿が、ここに来ているのが誰かなんてわかりきっていた。
その2人は帝人にとってかけがえのない大切な存在なのだから。
もし彼らを大切だ、と口にしたら?
もし窓の下を見たら?
もし彼らと会ったりしたら?
そうしたらどうなるのかも帝人はよく理解していた。
「ああ…よくわかっているじゃないか。かしこいね、帝人くんは」
突如響いた声と共に、帝人の背後から腕が伸び、華奢なその身体を捕らえた。
帝人は書類整理の手を止め、視線だけを背後の臨也に向けた。
帝人を抱きしめていたその両手は、次第に彼の体を這うようにまさぐり始めた。
明確な刺激を与えず、焦らすように微量の快感をもって帝人を苦しめた。
だんだんと乱れていく呼吸と力を失う身体に帝人は諦めたように身を任せる。
「……っは」
「君があの2人の所に行けば、彼らは確実に傷つけられる。…俺の、手でね」
「あ……っ!」
急に下半身に走った刺激に、帝人の手から書類がひらひらと舞い落ちた。
完全に力の抜けた身体を押し倒した臨也は、帝人の顔を見て嬉しそうに笑った。
快感による生理的な涙。
だが臨也はその涙がこの行為によるものだけではないことを知っている。
目の前の少年を深く深く浸食したいという独占欲、支配欲、壊してしまいたい程の愛情。
それらを噛みしめながら臨也は少年へとその端整な顔を近づける。
「帝人くん…Москва слезам не верит!」
―――泣いたって、何も変わりゃしないんだよ!
そう告げて、臨也は貪るようにその唇へと噛みついた。
作品名:モスクワは涙を信じない 作家名:草@ついった