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夏の戯れ

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広く縁側を開け放っても、通る風は生ぬるい。陽の当らないところは一瞬だけひんやりとするが、すぐに体温になじんでしまう。
榎木津は少しでも涼しい場所を探して寝そべったままごそごそと動き、京極堂のすぐ隣にまで寄って来た。
京極堂は無視して読書を続けていたが、視界の片隅に艶やかな髪や白磁のような美しい肌が映ると文字を追う集中力が途切れがちになった。

「暑い、その本はちょうどうちわの代わりになりそうだ。扇いでくれ」

上目遣いに京極堂を見つめ、榎木津は当然のことのように要求した。

「これはうちわの代わりにしていいような本ではないし、そもそも本を傷めるようなことはしない。うちわならそのあたりを探せば1つくらいあるだろう、勝手に自分で扇ぐことだ」

榎木津は京極堂が指差した本に支配された場所を色素の薄い眸でちらりと見て、うちわはないよ、と呟いた。

「自分で扇いだら昼寝が出来ないじゃないか」

「じゃあ起きていればいい。ここは避暑地じゃない」

「君は暑くないのかい?」

「夏は暑いものだよ」

すげなく答えた京極堂に、榎木津はつまらなさそうに形の良い眉をしかめた。
そして、何を思ったのか白い腕を伸ばし、京極堂の手を本から引き離した。

「本が読めない」

「うちわの代わりにもならないような本は読まなくてもいいよ」

よほど暑いのか、掴まれた手が熱い。
榎木津はぺたりと京極堂の手を自分の額に乗せると、深く息を吐いた。

「君の手は夏でも冷たいんだな。氷ほどではないけれど涼むにはいい」

汗のせいか少し湿った前髪を梳くと、冷えた指先が気持ちいのか長い睫に縁取られた眸をうっとりと細める。
しかしすぐに冷えていた京極堂の手も榎木津の体温と同じになる。
榎木津はもっと、とねだる。
読書を諦め、京極堂は本を置いてもう片方の手を白い首筋に沿えた。力を込めれば折れるのではないかと思うその首筋から、トクトクと規則正しい脈の動きが伝わってくる。
「君は薄情だから手が冷たいんだ」

「何を言っている。手が冷たい人間は心が温かいと言うそうじゃないか」

「そんなの迷信に決まってる」

京極堂にされるがままになりながら、榎木津は紅い唇を尖らせた。

「余計なことしか言わない口は塞いでしまうよ」

「ふぅん。どうやって?」

京極堂を捕らえて離さない眸が楽しげに煌く。
京極堂は一度手を離すと、冷えた麦茶の中に浮いていた氷を含み、榎木津の唇に自分のそれをそっと触れ合わせた。
一瞬驚いたように眸を開いたが、榎木津はすぐに薄く唇を開き、舌で京極堂の口内から氷を奪った。

「氷はいいね。全部くれるんだろう?」

濡れた唇をぺろりと舐めながら、艶然と榎木津は微笑んだ。
京極堂は答えず、無言のまま次の氷を含んだ――。
作品名:夏の戯れ 作家名:氷迫律