さとやちで片方タイムスリップ
「よし病院に行こうか」
「ひどい!」
ここ、北海道でも猛暑日が続くある日の朝。
俺の部屋に泊まっていった八千代は起床して開口一番、トンデモ発言をかました。
昨夜の寝る瞬間の事はあまり覚えてないが、一緒に布団に包まって寝てたんじゃないのか? それなら例えどこかに行ってても分かると思うが……
ははぁ、どうせいつものアレだろ。
「言葉が足りんぞ」
「わ、すごい。よくわかったわね」
「お前なぁ……」
「それでね、ちょっと未来の夢を見たの!」
やっぱり、いつも通り言葉が足りなかった。
未だに何を考えているのか判らないときがあるが、何を言いたいのかは大分と判っているつもりだ。
しかしそれってタイムスリップでも何でもない、ただの夢だよな?
話の腰を折るとややこしくなるからこの際、それは置いておこう。
「それで? どれくらい先なんだ? 来週くらいか?」
「来週じゃなくって……うーん、三、四年くらい先かしら」
「ほー、そこそこ近いな。登場人物は?」
適当に相槌を打ちながら返事をする俺に八千代はまだ寝ぼけ眼といった具合。
今日は朝一からのバイトの為、身支度を整えつつ着替え初めると、昨夜八千代を見る為に使った鏡に映る自分に何か違和感があるような気がする。
何が、かは判らんが……まあいい。
今は自分の準備をしつつ、八千代にも準備をさせなきゃならん。
「ワグナリアの人達よ。みんなで私と潤君の部屋に集まって御飯を食べてたわ」
「そーかそーか、そりゃ良いな。よし八千代、遅刻するからそろそろ布団から出て着替えないとな」
「はーい」
のそのそと起き上がり洗面所に向かおうとしている八千代を脇目に先ほどの言葉を反芻する。
俺と八千代の部屋って事は同棲、あるいは結婚か? 一軒家じゃなくてここより広めの賃貸辺りが妥当か。
三、四年くらい先なら俺は働いていて、高校生組は大学の一番楽しい時期だな。
たかが夢のはずなのに意外に容易く想像が出来るのは、それだけ今のメンバーが気にいっているのかもしれんな。
「んー……んー?」
「うぉ、どうした? シャツに何かついてるか?」
「今日起きてから鏡見た?」
「鏡? 見たには見たが……それがどうかしたのか?」
「ううん、何でもないの。早く着替えるわね…………気付かなかったのかしら? それとも出来なかっただけ……?」
着替えも終わり準備万端で八千代待ちになった俺は煙草を吸っていると、注意が散漫していたのか戻ってきた八千代に接近されていてシャツの首元をじっくりと観察された。
最後の方は既に離れて着替え始めていた為に聞き取れなかったが、別にシャツが破れているわけでも汚れているわけでもない。
何が言いたかったんだ?
ふと奇妙な事に引っかかる。
タイムスリップ発言と言い、今の行動と言い、おかしくないか?
あいつがおかしいのはいつもの事だが……
そこじゃない、と煙草を吸いつつ平生を装いながら考えてみるが……となると暑さのせいか。
なるほど暑さのせいだな。
それなら俺がさっき鏡を見た時の違和感にも説明がつく……のか?
「おまたせ。さぁ行きましょう」
「おう。今日も暑くなりそうだから気をつけていこうな」
「? そうね? 潤君も気をつけてね?」
「キッチンは暑いからな。ボタンを外して対処するか」
「ダメよ? きちんと着なきゃ」
煙草が半分以下まで灰になった時、八千代も準備が出来たらしく出発の言葉を掛けられた。
部屋を出て玄関の鍵を掛けると暑さが一層、際立って主張してくる。
たった今怒られたがこの様子じゃ着崩しは確定だな。
車までの少しの間、何故か俺は八千代の見た夢の内容が頭から離れなかった。
十年や二十年でもなく、ちょっと先、か。
明日どころか今日これからの事も解からんと言うのに、生々しいような、良く言えば現実味があるような。
現実味か……
そんなものを感じるなら、する事は一つ。
八千代の夢見た光景を叶える、それだけさ。
「ねえ潤君」
「どうした? 忘れ物か?」
車に乗り込みエンジンを掛けクーラーから温い風が出てきたところで、八千代は髪をそれに揺られながら前を見たままぽつりと呟く。
まるで俺の考えていた事を知っていたかのように。
クーラーの風が涼しくなるまで窓を開けようとスイッチに手をかけ、そこで八千代が呟いて。
まるで俺はその言葉を待っていたかのように。
「さっき見た夢、潤君とみんなと一緒に叶うって信じてるわ」
「俺もだ」
俺達はどちらからともなく笑い出した。
何が面白かったのかは解からない。
俺が即答したからか、暑さからか、意味もなく、なのか。
解からないが、俺達がいつかゆっくりと共に行くタイムスリップの目標が生まれた瞬間だった。
作品名:さとやちで片方タイムスリップ 作家名:ひさと翼