座薬
『ん? これか?』
『何かちょっとおかしな細長の、それ』
『これか? これはな、座薬だ』
『座薬……? 何でそんなものさとーさんが持ってんの?』
『普通の頭痛薬や胃薬じゃ効かなくなってきたから座薬に手を出してしまった』
『そっか、さとーさんは辛いんだね……』
『嘘だがな』
『嘘なの!? じゃあ何の為に持ってんのさ!?』
『それはな……お前に使う為だ!』
「きゃああぁぁっぁあああーーー!!!?」
「どどど、どうしたのぽぷらちゃん?」
「や、やちよ……さん……?」
自分の叫び声で目を醒ました私は、八千代さんが私の部屋にいる今の状況がよく分からないでいた。
確か、バイトしていたはずなんだけど……と振り返っていると気付いたのは体の異変。
頭がぼーとして、全身汗だらけで熱くて、呼吸が苦しくて咳が出てくる。
これってもしかして……
「大丈夫ぽぷらちゃん? 怖い夢でも見たのかしら?」
「う、ううん。それより何で八千代さんが私の部屋にいるの?」
「ぽぷらちゃん忘れちゃったのかしら?」
「何を?」
働かない頭で瞬時に必死に考えた結果、言わないでおこうとの結論。
流石に今の夢は彼女の八千代さんにも言えないもんね。
佐藤さんは私に感謝しなさい。えっへん。
「ぽぷらちゃん、バイト中に熱が出ちゃって今にも倒れそうだったから早退させて家まで運んできたのよ?」
「そうなんだ……」
「それで部屋に入ってベッドに寝かせたらすぐ眠っちゃって。そうしたらさっきのアレで……本当に大丈夫?」
「そうだったんだ。うん、大丈夫だよ。なんでもない」
そっか……そう言えば今日は朝から体調が優れなかったしフラフラしてたなぁ。
みんなに迷惑掛けちゃっただろうな。
これじゃあかたなし君に先輩としての示しがつかないよ……
あれ? 八千代さん、運んできたって……?
「あの、八千代さん……」
「そうそう、もう少ししたら潤君がおかゆ作って持ってきてくれわ」
「さとーさんもいるの?」
「いるわよ? だって潤君の車でここまで運んできたんだから」
予感は的中した。
八千代さんだけじゃ私の家は分からないし運べない。
当たり前と言えば当たり前だけど、やっぱり佐藤さんが一緒に来たんだ。
どうしよう。
こんな格好や部屋を見られたのかな。
もしかしたら手が掛かって面倒くさいと思われたのかな。
それで嫌われてもう構ってもらえなくなるのかな。
「八千代さん……私、さとーさんに嫌われちゃう……」
「何でそんな。もしかして迷惑を掛けたって思ってるの?」
「だって、だって、バイト中にこんな事になったら……」
「全然。誰も迷惑だなんて思ってないわ。もちろん潤君もよ?」
「……ほんとに?」
「本当。むしろいつも仲が良くて嫉妬しちゃうくらい」
そう言って笑う八千代さんはすごく綺麗で、私なんかじゃ敵わないと思うには充分で。
二人は付き合っていて、佐藤さんは佐藤さんだけしか知らない八千代さんを知っていて。
二人は好き合っていて、八千代さんはきっと八千代さんだけしか知らない佐藤さんを知っていて。
きっと二人は、私が知らない場所で、私が知らない事をして、私が知らない愛を囁き合っている。
私は佐藤さんが好きだった。
勿論、今でも。
佐藤さんに髪を弄られたり身長の事をからかわれては怒って。
でも私は構ってもらいたくて、すぐに佐藤さんの所に行っていた。
葵ちゃんに付き合えばいいと言われた時は内心ドキドキしていたけど、どうしようもなくて。
お子様だと思っていたのは本当だけど、構ってくれるところも好きだったから。
佐藤さんもお子様って言った時は、お子様をしていれば構ってもらえるから、それで良いんだと納得させた。
けれど。
いつからか、佐藤さんが好きな人は八千代さんだと気付いて。
いつからか、佐藤さんの隣には八千代さんがいた。
その時、私は失恋したのだった。
気持ちを言っていれば変わっていたかも知れないけど、単純にあの雰囲気や関係が好きで壊したくなかった。
だからか今でも私は佐藤さんと距離を置けずに近くに行ってしまう。
それを仲が良い、だけで済ませられる八千代さんには敵うわけがない。
「ぽぷらちゃんは本当に潤君の事が好きなのね」
「八千代さんは?」
「私も好きよ」
違うよ八千代さん。
私、八千代さんが思っているような好きじゃないよ。
それなのに何でそんな優しい顔をするの?
私、八千代さんに言わなくちゃ。
いったい何を?
「そろそろおかゆ出来る頃だと思うんだけど……」
「あのっ八千代さん……」
部屋の時計を眺めながら呟く八千代さんと、同時に聞こえてきたのは階段を上ってくる音。
その二つを聞きながらも勢いが止まらない私の声と、同時に聞こえてきたのは部屋のドアを開ける音。
解からないけど言わなくちゃ。
この熱くてどうにかなってしまいそうな体と心の真実を!