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貴方に似つかわしいのは幸せなんて甘いものじゃない

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「有り得ないんです」

カツンと音を立ててボールペンが磨かれたフローリングに突き刺さる。冷や汗をかきながらそれを横目で見て、折原臨也は無理矢理唇の端を引き上げた。

今、自分を押し倒し、ボールペンを床に突き刺すなんて常識外れのことをしでかしているのが、例えばそう、池袋最強と名高い喧嘩人形とか巨漢の黒人とかだったら、まだマシだったのかもしれない。

……なかなか、シュールな光景だと思う。


新宿某所、高級マンション、その一室で。

大の大人が床に押し倒されて頭の横すれすれにボールペンを突き立てられるなんて脅しまがいのことをされている。しかも、来良の制服を纏った少年に、だ。


自分の家で襲われてるってどうよ。素敵で無敵な情報屋さんの名が泣くんじゃない。


頭では何を考えられても、臨也は微動だにできないでいた。
黒い前髪から覗く瞳の色。それが、臨也の行動の全てを奪っていた。

「有り得ないんです」

引き抜かれたボールペンがもう一度振り下ろされる。

カツンと音を立てたそれを意識から飛ばし、今度は視線を動かさずに氷よりも冷たい目を見上げると、臨也は喉に張り付いた声をようやく搾り出した。

「何が、有り得ないのかな?竜ヶ峰帝人くん」

震えないように、無理と平然を装った声に帝人は優雅に微笑み、クルンと指でボールペンを回す。


ゾクリと、臨也は戦慄に震えた。脳内では警鐘が鳴り始める。
笑顔の下に潜む絶対零度の炎。
触れてはいけないものが渦巻いている。

これが、人間か。

否、

これが、あの竜ヶ峰帝人か──?

「貴方が、人並みの幸せなんか手に入れちゃいけないんですよ」

あくまでも穏やかに紡がれる言葉に、しかし臨也は絶対的な威圧を感じた。高圧的とはまた違う、反駁を決して許さぬ声音。

「貴方が誰かに愛されるなんて、そんなのあってはいけないんです」

すっと帝人の指が臨也の頬を撫で、愛を囁くように氷菓を、決して甘くはないそれを吐き捨てる。

「……あんまりじゃないかな。俺は人並みに生きたいし、幸せが欲しいし、愛されたいし。こんなにも愛してるんだ。人間からも愛して欲しいって願っちゃ──ッ!?」

ガツンと床を抉ったボールペンは、臨也の頬の皮膚を数ミリ削っていった。数秒遅れて鮮やかな血が流れ出し、床にグロテスクな模様を描いていく。

まずい、と臨也は数秒前の自分を呪った。殺されると本能が叫ぶ。

「私が否定しているんです。あってはいけない、と。わかりますよね、臨也さん?」
「帝人く、」
「黙ってください」

パチンと帝人の手によって見慣れたナイフが開かれ、臨也は目を見開いた。自分が隠し持っていたはずのそれは、いつの間に盗られたのか、この場の空気を凍てつかせた少年の手の中で冷酷に光る。膨れ上がった殺気に、臨也は身の毛が総立つのを感じた。

「貴方が誰かに愛されるなんてあっちゃいけない」

冷たい刃が首筋に押し付けられ、呼吸すらままならない中で、折原臨也は不気味な程に晴れやかな笑顔を見た。

「だから私がせいぜい可愛がってあげますよ。折原臨也さん」