アルとロイ
ふと見慣れた後姿に、ロイは足を止めた。
見慣れた、と言うよりも目立つので嫌でも目に入る。
「アルフォンス君」
「え?ああ、大佐。こんにちは」
見かけによらず甲高い声に目を細めながら頷いて、そのままその足元に目線を落とした。
くすり、と頭上から笑われてふいとロイは目線を戻す。自分の年齢の半分にも達しない年の少年を若干見上げる形になる。
「兄さんなら中尉のところですよ」
「鋼の?」
「探しているんでしょう?」
「いいや。どうしてそのように?」
「だって大佐、すぐに僕の足元を見たから」
「習慣というやつだよ。いつも君たちはべったりだからな。つい、だ」
つい、と言いながら目線を下げる。豆粒、と称される彼は確かに小さいが実際はそれほど極端には小さくも無いのに、アルフォンスの足元へとその視線は落ちた。
「大佐。もうちょっと上ですよ」
「ん?」
「兄さんはそんなに小さくありませんよ。踏んじゃうじゃないですか」
「ははは。踏む、か。それもいい」
口元だけを歪めて笑うロイに、アルフォンスは若干首を傾げる。それはいかにも子供らしい仕草であるのに、不釣合いな金属の触れ合う音が伴った。
「大佐は、踏みたいんですか?」
「鋼のをかね?…そうだな、踏めるものなら踏んでしまいたいが、仕返しが怖いのでな。遠慮しておこう。――それに」
「それに?」
そこで言葉を切ってしまったロイを、アルフォンスは見下ろす。ロイは気まずそうに視線を逸らして、ゆっくりと足元へと視線を落とした。
「いやなに、踏んで強くなる植物もあることだし、そうして大きくでもなってみろ。鋼のの個性というものが台無しだろう?」
顔を上げて、そう言ったその顔は既にいつものロイだった。けれど、顔を伏せた一瞬だけはやけに複雑な表情をしていたのをアルフォンスは見逃さず、尋ねる。
「本当に、それだけですか?」
「それ以上に何がある。あれは小さければいいが大きければもう、豆ではあるまい?大豆か?」
「大豆って」
そういうことじゃないんだけど、と呟いてからうまく話をはぐらかされたことに気が付いた。けれどもうロイはその話題はどうでもいいとばかりに視線を逸らしてしまっていて、切り出せそうも無かった。
「…噂をすればだな」
「え?」
ロイの視線を追いガシャンと音を立ててアルフォンスは振り返る。見れば丁度アルフォンスの向こう側を睨みつけるように挑戦的な目をしてエドワードが向かってきていた。
「やあ、鋼の」
その視線を真っ向から受けてロイは笑う。きっと睨みつけてから、エドワードはふいとその視線を上げてアルフォンスを見た。
「行くぞ、アル」
「兄さん、大佐に挨拶は?」
「いいんだよ、んなの」
「そんなの、とはないだろう鋼の」
にやにやと笑うロイと、膨れっ面なエドワードを交互に見てオロオロとしながらもアルフォンスは兄の隣に立つ。
「ほら、そこだろう?」
「え?」
「そこでなくては、な」
そう言うとすぐに踵を返し、手をヒラヒラとさせてロイは歩き始めた。エドワードがその背中を目で追うのを見下ろして、ああ、そうかとアルフォンスは呟いた。その声に兄が顔を上げる。
「どうした?」
「ううん。…兄さんは、いつか大佐を踏むのかな?」
「ああ?何言ってんだ。今すぐにだって踏んでやるさ」
「…そういう意味じゃないんだけど…」
足をだんと踏み鳴らす兄に肩を落として、アルフォンスもロイの背中を見た。