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 ばたばたと派手な音を立てて、地面に赤黒い染みが広がった。反射的に左腕を押さえると、手のひらにべっとりとした感触がある。弓親は舌打ちを漏らしてから体勢を整えた。一歩遅かったら胴体が真っ二つになっていただろう。かわした隙に虚の背後に回って叩き斬る事ができたが、犠牲になった左腕はしばらく使えそうになかった。血止め薬をもらおうかと一角の姿を探したが、生憎と少し離れてしまって声が届きそうにない。それよりも、刀と鞘を振るう横顔が楽しそうだったので、邪魔をする事の方が躊躇われた。
 予備の止血帯を肩の下に巻いてから、弓親は辺りを見回す。家屋もない山奥に出現する虚は大概登山客や観光客の魂魄を狙うのだが、この虚達の本命は対処しに来る死神の方にあったようだ。よその隊で何人もの死者が出たという事で、急遽更木隊に出撃要請が出たのだった。常に戦いに飢えている隊長がそれを断る訳もなく、側近の席官二人に行くぞとだけ告げて飛び出して行ってしまった。慌ててその後姿を追うのは、二人にとってはもう慣れた仕事であった。
 近くにいる虚は一角が戦っている二体で最後だろうか。他には特に霊圧も感じない。隊長と副隊長は更に奥の方で戦っているようだ、風に乗って楽しげな霊圧が流れてくる。一息吐いて、弓親が斬魄刀を鞘に納めた、その時だった。突然背後に大きな霊圧を感じた。咄嗟に飛び退いたが、反対から振り下ろされた虚の尾によって弓親の体は勢いよく飛ばされていた。

 落ちた場所は不運にも川であった。激しい流れに上も下も分からなくなる。しかしすぐに、流れがとても穏やかなものへと変わった。このまま流れてしまおうかと、一瞬頭を過ぎる。いつまでこのままの生活を続けるんだい? 頭の中に、久しく名を呼んでいない斬魄刀の声が響いた。本当の名前はもう忘れた。忘れてしまいたい。目を閉じると友の楽しげな横顔と、桃色の髪、そして十一の文字が刻まれた背中が脳裏に浮かんだ。斬魄刀の声を完全に無視して、弓親は右腕に力を込めた。
 ようやく水から上がる。少し水を飲んでしまっていたせいで、息を吸い込んだ途端に腰を折って咳込んだ。出血も多い。頭を上げた瞬間ぐらりと景色が歪んだ。その視界の隅に、白い仮面をつけた虚の姿を捉えた。よろよろと、斬魄刀を構える。頭の中に藤孔雀の嗤う声が響く。虚が鋭い爪を翳して飛びかかってくる。咲け、藤孔雀。唇の端が無意識に上がった。こんな時でも、その名は呼ばない。一角の霊圧は遠いのに、もはや意地でしかない。強情も大概にしなよ。自分の声か斬魄刀の声か、分からないまま眼前の虚に向かって刀身を閃かせていた。

 引き留める四番隊士の腕を振り切って、弓親は救護施設を後にした。目の前が霞む。足もまだふらついていたが、それを決して表に出さないように努めながら十一番隊舎の門を開ける。すれ違う隊士達も特に普段と変わらない対応であった。渡り廊下を歩いていると、中庭の方から甲高い声がする。やちるが一角の頭にバランスよく乗っかったまま、こちらに手を振っているのが見えた。
「何だ、もういいのか」
 やちるを振り落として、一角が視線を寄越す。やちるは空中で一回転すると綺麗に弓親の前に着地した。
「おかえり! 重傷だって聞いてたけど、早かったね」
「大した事ないですって。あいつらは大袈裟に言い過ぎなんですよ」
 ひらひらと手を振って見せる。弓親の死覇装から覗く包帯を一瞥すると、やちるは弓親の顔をのぞき込んで笑った。
「昨日ね、剣ちゃん結局30匹も虚倒したんだよ!」
「そうですか、隊長も少しは楽しめたようですね」
「うん、でもまだ足りないって言うの! ゆみちーも、まだまだでしょ?」
「そうですね」
 弓親は笑った。包帯の奥が、ずきずきと痛んでいる。

作品名:Follow 作家名:泉流