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高速道路を走るじろあと

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あの日、「高速道路を走りたい」と言ったのはおまえだった。


「高速道路?」聞き返した俺に「うん、」と答えたおまえは、自分で言い出したくせにどうでもよさそうな顔ではふ、とあくびをした。
「高速道路なんざ、合宿とかで何度も乗ったろ」
「違うよ、そうじゃなくてね、おれは高速道路を走りたいの。足で。」
「足で?」
「うん」
そうしておまえはまた瞼を閉じてあくびをするので、俺はその意味をひとり考えた。考えて考えて、それがおまえの望みならば、叶えてやらなければと思ったのだ。おまえがそれを俺に言ったのだというところに、意味があるように思えたので。


「おまえ、走りたいっつったろ」
俺の自家用車の窓からインターチェンジを覗いて、困ったように瞬く奴に、俺はそう言った。奴の目の前には、奴が望んだとおりの景色がひろがっているはずだった。「高速道路を走りたい」それが奴の望みだった。だから俺は、俺の手にあるかぎりの力を使って、今日この時間から、高速道路を使用禁止にしたのだ。奴が心置きなく高速道路を走れるように。奴のその足で、高速道路を踏みしめられるように。誰も通らぬこの道を、思いのまま走り回れるように。だがしかし、期待に反して奴は困ったような顔をした。俺と道路を見比べて、酷く困惑したように眉を下げる。「? どうしたよ」俺は奴に動揺を悟られぬように、けれども奴の心を見抜けるように、言葉を投げかける。奴はまだ、困惑の表情を崩さぬままだ。

「あのね、あとべ。」
ようやく口をひらいた奴はそう言った。「ちがうよ」「…ちがうってなにが」「おれはねあとべ、」奴がそこですうと息を吸うのがわかった。「こういうことがして欲しかったんじゃないんだよ」一瞬言葉の理解が遅れた。何を、言われたかわからなかった。だって、おまえは言ったろ。走りたいんだろ。違うのか?それがこういう意味でないならおまえはなにを。なにを言いたかったんだ。なにが違うってんだ。なにが。なにを。「…じゃあ、」「あのね、おれはね、こういうことがして欲しかったんじゃなくて、ただ言ってみただけなんだよ」「…なんで」「走ってみたかったから」「…じゃあ」「だから違うんだよ」そしておまえは困ったように目を伏せて笑う。「おれは走りたかったけどほんとうに走りたかったわけじゃなくて、ただ言ってみたかっただけなんだよ」俺はその意味をひとり考える。「…なら俺は間違ったのか」


「…そうだね」
そうか、間違ったのか。まただ。俺はいつでもおまえの望むものを取り違える。おまえが欲しいものがわからない。おれはいつだっておまえにおまえの欲しいものをあげたいのに。いつだっておまえの欲しいものはわからない。間違えるんだ。
なのにおまえは瞳をあげて俺を見据えてうつくしく笑う。無邪気なこどものような透明な目で笑う。そして楽しそうな声色でこういうのだ。
「だけどおれはそうやっていつもまちがうあとべがだいすきだよ」
俺はまたもその意味をひとり考える。だけどひとりで考えてもいつも答えは出ない。それだけはわかっている。

困惑する俺に、おまえは楽しげに言う。「あとべはおれがだいすきだね。そんなあとべがおれはすき」急に腕をつよく掴まれて俺は動揺する。「行こう、あとべ、走ろう」高速道路、走ろう。そう言っておまえはドアをばん、とつよく開け放ち、俺の家の運転手にありがとうと叫んで俺の手をとって走り出す。目の前にひろがる無人の高速道路は、夕日の日差しをつよく受けて、まぶしいほどに明るかった。