モンテ・ビアンコより高く
「……何です。」
表情を変えることなく視線だけを動かした骸に、今度は綱吉が溜息を零した。骸のと違い、あからさまに感情を含ませたその吐息は、骸の表情をわずかに曇らせることに成功した。
「いや、べっつにー。」
「そういう顔には見えませんが。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。」
言いたいことがあるのは多分骸のほうだ。綱吉は唇をへの字に曲げてだんまりを決め込む。ここでそれを指摘してやるのはあまりに癪だし、その役目は自分が担うべきものではない気もする。
綱吉が何も言わないのを不満に思ったのか、骸はまた視線を逸らして窓の外を見つめ始めてしまった。
強情だ。
それとも、まさか本当に気が付いていないのか。
骸はリボーンでさえ知らない世界のあれこれを知りながら、綱吉でも分かる単純で明快な事柄は何ひとつ知らないのだ。いや、分かっていてわざと知らん振り、考えない振りをしているようにすら見える。だから、綱吉は時々骸のことが分からなくなる。
シンプルに考えればいいのに。それなのにこの意外と繊細な思考回路をしている男はわざわざ複雑怪奇な迷宮に仕立て上げてしまうのだ。自分で問題を難しくしてしまっているのだから、放っておけばいい。なのにそう無下に出来ないのだから綱吉も相当骸に甘い。
「むーくーろ、」
「…はい?」
綱吉は骸の肩を軽く叩いて、振り向いた頬に人差し指を突き刺した。ふに、とへこんだ肌理の細かい頬が決まり悪さからかわずかに紅く染まった気がして、綱吉はなんだか無性にくすぐったい気持ちになった。
この男、こんな表情もできたのか。そんなことを思いながら、骸が眺めていた庭に綱吉も目を向ける。
「助けに行ってやれば?」
「大丈夫です。誰が躾けていると思っておいでで?」
涼しい顔して骸は鼻を鳴らす。彼と酷似した髪形をした、しかし彼よりも随分と小さな影。じりじりと迫る大柄な男に、明らかな困惑の表情を見せて後ずさっている。
「また、そんなこと言って。心配で仕方ないって顔、してるくせに。」
「……。」
くすくすと笑ってみせれば密やかに眉根が寄せられる。ここまで言って気が付かないというなら相当の重症。輪廻の最初からやり直してくるべき愚鈍さだ。もちろん、綱吉の目の前に居る人物は、十中八九気が付いているのだから、長い輪廻など回らずとも、すぐさま駆け出すべきである。
「まあ……あの子が軽く見られるというのも、まるで僕が馬鹿にされているようで面白くありませんね。」
しかし骸はあくまでその姿勢は崩さないつもりらしい。綱吉はやれやれと深く溜息をついた。
強情だ。そして思ったよりずっとずっと骸のプライドは高い。モンテ・ビアンコなど比ではないほど。これはかなりの時間を要する問題なのかもしれない。その度ここに来られて、あんな顔をされるのはまっぴらである。
「はいはい、いってらっしゃい。ああ、もう今日はこっちに帰ってこなくていいからちゃーんと送り届けておいでよね。」
「ボス命令ですか。」
「あー、もうめんどくさいなあ! じゃあもうそれでも良いよ、良いから早く行け。」
「おやおや、せっかちなクライアントだ。」
大げさに肩を竦めた骸に、綱吉は確実にあと何ヶ月か……下手すれば何年かはかかるであろうその未来を、ちらりと見た気がした。そうなればいい。そう、すればいい。
ひらひらと手を振って骸を見送った綱吉は、骸のやけに速い足音が完全に聞こえなくなった頃に大きな伸びをひとつした。
(……さーて、と。)
そっと覗いた窓の向こう側にいる、人相が特別悪い部下に「もういいよ。」と合図を送れば全ては完成だ。あとは、好きにすればいい。ここまでお膳立てをしてやったのだから、あとは骸次第である。まったく、世話のかかる男だ。
(アイツ、強情なんだよなあ……早く好きって、言えばいいのに。)
綱吉は、冷静さを装い庭に出て行った骸の後姿を眺めながら、もういちどくすりと小さく笑った。
作品名:モンテ・ビアンコより高く 作家名:水狸