そして止まない雨が降る
幼い俺は物を拡大して見るしか能のなかった虫眼鏡がそんな魔法のような光線を作りだすことにすごく興奮した。先生がどうしてこうなるのか理屈を言っている間も、俺はひたすらその真っ黒な画用紙を焦がすことに夢中だった。そんな俺を見て幼馴染の菊が、アルフレッドさんはこの実験気にいったんですね、と話しかけてきた。そのころには俺の持っていた画用紙は穴だらけで焦点を当てて燃やすことができなくなっていて、俺は自由帳のページを切り取ってまたその魔法を使おうと試みていた。当然、真っ白なその紙では燃えるまで温度が高まらなくて。ちぇっと紙を丸めたら、「白い紙じゃ駄目ですよ。黒いものじゃないと」と言いながら丸めたその紙を広げて鉛筆で真ん中を黒く塗りつぶした。どうぞと差し出されたそれに虫眼鏡で焦点を当てると、画用紙にやったより少し時間がかかったが魔法の光線は自由帳のページにも穴を開けた。菊は物知りだね!と声を弾ませながら言えば、さっき先生が言ってたの聞いてなかったんですかと菊はあきれ顔をした。でも俺はそんなことは気にしないで自由帳を黒く塗りつぶしては穴を開ける作業を飽きることなく繰り返した。
放課後、一緒に菊と下校した俺は団地の下の広場で二人で走り回ったりして遊んでいた。二人きりのかくれんぼにも少々飽きが来ていたこと、ふと足元を大きな蟻が歩いているのを見つけた。てかてかと真っ黒な身体を光らせてふらふらと歩きまわるそいつを見ていたら、昼間の実験のことを思い出した。
黒い体を持つこいつも、あの紙の様に燃えるのだろうか。
一端頭をもたげた好奇心はすぐさま俺をそのへんにほっぽいてたランドセルに向かわせた。途中、鬼だった菊が俺を見つけたが、楽しそうに走る俺に何事かと付いてきた。
「かくれんぼはおしまいですか?」
「ああ!おもしろそうなこと見つけたんだぞ!」
言いながらランドセルから大きな虫眼鏡を取り出すと、菊の手を引いてさっきまで隠れていた場所まで戻った。いなくなっていないかと心配だった蟻はまだそこでよたよたと歩いていた。
「おもしろそうなことってなんですか?」
頭の上にはてなをいっぱい浮かべる菊に、あの大きな蟻が昼間みたいになるか実験してみたいんだと話した。当然菊も面白そうですねと言ってくれると思った。しかし俺の予想とはうらはらに、菊の顔は晴れ空に相応しくないぐらいに曇った。
「そんな…ありさんがかわいそうです」
「でも、おもしろそうじゃないかい?」
実験では燃やしたのは紙だけだった。だったら他の物は燃えるのだろうか?それだけが俺の興味の中心だった。菊は未だに浮かない顔だったけれど、その頃から俺の意見には逆らえなかったから控えめにそうですねと頷いた。俺は菊が頷いてくれたのが嬉しくて満面の笑みを浮かべながら、虫眼鏡を片手に蟻に近づいた。そして、あの実験の時の様に光の線を蟻に当てた。光の点は蟻の大きなお尻に刺さったが、次の瞬間にはふらりと蟻が動いてしまうせいでなかなか燃えてくれない。それでも長時間当てているとうっすらと煙が立つのを見ると、どうやら燃えているらしい。とはいえいいところで蟻が動いてしまうので完全に魔法を使いきることができない。
段々イライラしてきた俺は、軽く舌打ちをして虫眼鏡をその場に置いた。さっきから困った顔の菊が俺が実験を止めた事にふうと息を吐いたが、俺は実験をやめた訳じゃなかった。ふらふらと動きまわる蟻の後ろ足を人差し指で押して制止させると、その蟻の足を1本づつもいでいった。横にいる菊が固まったのを肌で感じた。
「な…なに、やってるんですか…」
「だって、こいつふらふら動くんだもん」
「動くんだもんって…生きてるんですからあたりまえじゃないですか…っ」
「でもそれじゃ実験できないんだぞ」
ぷちりと最後の足を切ると、蟻は動く手段を無くしたがピクピクと震えていた。足を奪っても僅かに動いていることが少し不満だったが、同時にまだ生きていることに多少の高揚を感じていた。菊はもう泣きそうな顔をしていたが、自分の行為に夢中な俺がそれに気付くことは無かった。そうして俺は無抵抗に震える黒光りする身体に、太陽の光線を当てた。じりじりと光は蟻の身体を焦がし、小さな煙と不快な臭いを発した。そうして徐々にその身体は動かなくなり、地面には焦げた跡が残った。
終わってしまえばそこに残るのは惨たらしい蟻の死体と妙に鼻に残る異臭だけで、途端に俺は先ほどまでの高揚感が波の様に引いて行くのを感じた。近くの時計台を見ればそろそろ家に帰らなければいけない時間で、さっきから無言の菊にもう飽きたから帰るんだぞ!とその腕を引っ張った。菊は俺に引きずられながらちらちらと焦げ跡が残るその場所を見ていた。
その次の日は朝から大雨が降って、大好きだった体育の授業が潰れてしまった。
俺の身体の下にはベッドにベルトで両手両足を固定された菊がこちらを見上げている。先ほどまで抵抗していたことでその手首や足首には痛々しい擦った痕が残っていた。全ての衣服をはぎとり大きく開かせて拘束した股の間には小さなペニスがある。
菊の目は嫌悪と恐怖と諦めに染まっていたが、俺は菊を開放しなかった。して見たい事があったから。
男でもお尻で感じるって本当なのかな。ねぇ、菊はどう思う?
そういった俺に菊は小さく、今度は私が、と呟いた。
作品名:そして止まない雨が降る 作家名:あく