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引きこもる宍戸と帰ってくる跡部

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久しぶりに降り立つ日本の街は酷い湿気に包まれていた。梅雨だ。相変わらずのじめじめとした空気に何故かほっとする。どんよりとした空は今にも泣き出しそうで、俺の心を粟立てる。そうだ、急がなければ。俺には会いたい奴がいる。


俺が日本を発ったのは1年前の冬、雪のちらつく寒い日だった。生まれ育ったイギリスへいつか戻る、それは前々から決まっていたことだ。すべて親の都合ではあったが、俺には特に文句もなかった。俺は跡部家の嫡子、跡部景吾だ。俺の人生は家のためにある。それが跡部家嫡子としての俺の役割りだ。俺はそのことに誇りを持っていたし、家のためになることさえすれば他は俺の好きに出来る。俺に不満のあるはずもなかった。そして俺は高校2年の冬、かねてからの予定通りイギリスへと旅立ったのだ。

それを宍戸には言わずひそやかに行うことにしたのは、あいつにだけは知られたくないと思ったからだった。言いたくない、言えないと思った。イギリスへ行く、ただそれだけのことなのに、俺はそれを宍戸にだけは言うことが出来なかった。勿論俺が直接言わなかったとなればあいつが酷く憤るだろうことは予想出来た。次に会えたとしても、口は聞いて貰えないほどに、機嫌を損ねるだろうことも。けれど俺は言わなかった。あの日校門の前で宍戸が言った「また明日な」に当たり前のように「また明日」と答えて俺は、その足でイギリスへと発った。

イギリスで勉学に励みながら、俺は一時もあいつを忘れることはなかった。俺はいつだって、あいつと交わしたすべてを鮮やかに想うことが出来た。あいつと初めて試合をした日のこと、夕暮れの部室で初めて交わした言葉。触れたくちびる、その温度、土と汗の混じった匂い。一度だけ言った「好きだ」の言葉、それに返った「俺も」のひとこと。そして俺が、最後だからとあいつに吐いたひとつの嘘。全部全部、欠けることなく覚えている。

会いたかった。ただもう一度会いたかった。あいつの笑顔を見たかった。俺のしたことを謝るためではない。あの頃どれほどおまえを好きだったかを伝えるためでも、今も好きだと伝えるためでもない。ただ宍戸に会いたかった。もしかしたらおまえは、今べつの誰かを愛しているのかもしれない。それでもいい。ただ幸せな姿を見たい。あの頃と変わらぬ笑顔を見たい。ただそれだけだ。



そして俺は、その部屋へ踏み入り絶句した。



その部屋の空気は、生きているものなどひとつもないかのように停滞していた。唯一動くのはゆるゆるとうねる煙草の煙だけだ。その煙の伸びる先、床と一体になったかのようにそれはいた。それはゆるゆるとこちらを見上げたと思うと、「・・・あ・・・と、べ・・・?」と言った。

「しし、ど・・・」俺はその変わりように、それ以上言葉を続けられずまたも絶句した。それは最早、生きているとはいえぬような有様だった。その瞳は開いてはいるが何も映してはいない。どこかここではないところを見ているようだった。ここに来る前、宍戸は今どうしているかと萩ノ介に電話したとき、どうにも歯切れが悪かったのが気にかかっていたのだが、俺はここで初めてそのわけを了解した。これは、(酷い)いったい、何が。どうして、こんな。


部屋の入り口のところで何も言えず立ちすくむ俺に、宍戸は薄く笑って、「ひさしぶりだな」と言った。
「なに、おまえもう帰ってたの。留学は?」
「・・・終わった」また戻るかもしれねえが。そう言って俺は宍戸を見た。本当は、おまえに会いたくて急いで帰ってきたんだと言うつもりでいた。だが、この宍戸には言えない。こんな、(手負いの犬みてえなおまえには)宍戸はどうでもよさそうに「ふうん」と言うと、「わりいな、ひでえだろ。座る場所もなくてよ。適当に座って」と俺のほうを見もせずに言った。俺はそれを無視して、立ったまま言った。「おまえ、何があったんだ?」宍戸はすいと俺のほうに目を向けたかと思うと、またふいとそらして「何もねえよ」と言った。

「何も、ねえことはねえだろ」
「ねえんだよ、何も」
「おまえそんなんが通ると思ってんのか。そんな程度の低い嘘、インサイトを使うまでもねえぜ」
「そうかよ」
「そうだよ」
「ならその万能なインサイト様をもって、俺の心でもなんでも覗いたらどうですか」
「ばか言うな。俺様は人様の心勝手に覗くなんて下世話なマネはしねーんだよ」
「すばらしい心意気ですね。ならほっとけよ」関係、ねえだろ。そう言って宍戸はうつむいた。煙草の灰が落ちる。それがやけに目の端に鮮やかにうつって、俺は宍戸から目を離せなくなる。
関係、ない。関係ないのか。俺とは。おまえがこんなにも惨めな姿になっている原因は俺にない。関われない。こんなにも近くにいるのに。あの頃と同じように、手を伸ばせば触れる距離にいるのに、俺たちは酷く遠いところにいる。なにか、とてつもなく熱い波が、俺の心を襲う。


おまえが今、べつの誰かを愛していてもいい。俺はそう思っているつもりでいたが、どうやら違ったらしい。宍戸の指先から落ちる煙草の灰を見ながら、俺はそのことに気付いた。いや、もし宍戸が笑っていたら話はべつだったかもしれない。宍戸がしあわせそうにしていたなら。そうしたら俺は、こんな気持ちにはならなかったのかもしれない。けれど今目の前にいる宍戸は、酷くやつれた姿で、ここではないどこかを見ている。もどらないなにかを見ている。俺ではない、誰かを見ている。俺はあの日の俺にはじめて後悔を覚え、離れてしまった自分を悔いた。届かない距離が俺を追い込む。今でも好きだ。たしかな温度で。なのに今、俺は宍戸に放つべき言葉がわからない。