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引きこもる宍戸と帰ってくる跡部、そしてさよならをする鳳

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夕日。あいつ。踏み切り。校舎。またな。さよなら。あの日あの場所あの言葉が、俺の頭をぐるぐる回る。幾度繰り返したところであいつはもう帰って来ない。そんなこと疾うにわかっているはずなのに、同じところを巡り続けて俺はいつまでも螺旋の中だ。



ひとりきりの部屋の中、停滞した空気の中をゆるゆると煙草の煙がうねる。外では雨が降っている。灰色に塗り潰された窓の外と対比するかのように、この部屋の中は白く濁っている。そういえば随分長いこと換気もしていなかったな、とぼんやり思う。けれど思うだけだ。俺の脳味噌は最近、めっきり考えることをしなくなっている。停止した頭の中で、繰り返すようにあの日の情景が流れている。さよなら。さよならさよならさよなら。俺の心はあの日のままだ。

さよなら。ひとりつぶやいてみる。さよならなんて、俺は今まで幾度と無く繰り返して来たはずだった。人生出会った数だけ別れがあるのだ。たった十数年とはいえ、俺だって人並みに出会いと別れを繰り返して来た。なのに。



その日も雨が降っていた。それは突然に訪れた。懐かしい顔だった。俺を置いて行った奴だ。俺と長太郎が付き合う、その切欠をつくった奴だ。
「しし、ど・・・?」奴は呆然と立ち尽くしたままそう言った。自然、俺の口元に笑みが上る。
「ひさしぶりだな。なに、おまえもう帰ってたの。留学は?」
「・・・終わった」また戻るかもしれねえが。そう言って奴はこちらを見た。俺はどうでもよさそうなふりで「ふうん」とつぶやく。

「わりいな、座る場所もなくてよ。適当に座って」
「おまえ、何があったんだ?」俺の言葉を無視して奴はそう言った。俺はすうと奴のほうを見ながら、ひそかに心に薄い膜を張る。こいつに捨てられたあと、身に付けた技だった。
「何もねえよ」
「何も、ねえことはねえだろ」
「ねえんだよ、何も」
「おまえそんなんが通ると思ってんのか。そんな程度の低い嘘、インサイトを使うまでもねえぜ」
「そうかよ」
「そうだよ」
「ならその万能なインサイト様でもって、俺の心でもなんでも覗いたらどうですか」
「ばか言うな。俺様は人様の心勝手に覗くなんて下世話なマネはしねーんだよ」
「すばらしい心意気ですね。ならほっとけよ。関係ねえだろ」関係、ねえだろ。心の中でもう一度つぶやく。関係ない。そう、関係ねえんだ、おまえには。おまえはあの日俺を捨てた。それが何を、何をいまさら。

あの頃、傷付いた俺をすくってくれたのは長太郎だった。おまえに置いて行かれた痛みを癒してくれたのは長太郎だった。すべてに裏切られたような気分になって、荒れていた俺の傍に居てくれたのは長太郎だった。おまえじゃない。おまえではない。関係ない、いまさら。関わることなど出来ない。俺は今長太郎さえ失ったのに。



煙草の灰が落ちる。それにふいに引き戻されて、俺は跡部の顔を見る。奴は黙り込んで、下を向いていた。俺はそんな奴に、「帰れよ」と告げるべく口をひらいた。しかしふい、と顔を上げた奴に、かけるべき言葉が吐けなくなる。奴は俺が今まで見たことのないような顔でこちらを見ていた。それは、たぶん、痛みをこらえる顔だ。長太郎があの日、踏み切りの向こうで浮かべたと同じ顔だ。それは、ひとを想う顔だ。胸の奥がちり、と痛む。

「ししど」あとべがちいさく俺の名を呼ぶ。「わるかった」そのくちびるから漏れたのは謝罪の言葉だった。何かをこらえるような、つらそうな表情のまま、あとべは言う。「わるかった、わるい、ししど、」わるい。次第に涙の混ざるような声になる奴に、俺の停止したはずの心が動揺する。なにを、そんなにあやまって。だっていまさらだろ。いまさら。そんな。

「ししど、」もはや涙を隠すこともないようすであとべは俺の名を呼ぶ。すうと頬に手のひらを添えてくる。「すきだ」その言葉に、俺がぱちりとまばたきをすると、奴の瞳から涙がひとすじこぼれた。



夕日、踏み切り、校舎、また、さよなら。さよなら。あの日あの場所あの言葉が、俺の頭をぐるぐる回る。あの日の長太郎があの日の跡部とだぶる。「さよならしましょう」と言った長太郎が、「またな」と言った跡部に変わる。あの日跡部が言った「またな」は「さよなら」だった。なにげないふりで、おまえは俺の前を去った。なのに、なんで。なんで、その言葉を。だって、そんなの。そんな言葉は。



「いまさら、だろ」



「そうだな、いまさらだ」そう言ってあとべは涙に濡れた顔で、くしゃりとわらった。「でも、すきだ。これだけは言わせろ。すきだったんだ。前からずっと。ずっとずっと、初めて会った時から。すきだった。ずっと好きだった。すきなんだ」今も。「なあ、しってたか?俺は、・・鳳がおまえをすきだったなんてこと、ずっと昔からしってた」でもそれも、いまさらだな。そう言ってあとべはわらう。涙がもうひとすじ、すうと頬を流れた。

「じゃあな。今度こそ、お別れだ」跡部はそう言って俺に背を向ける。あの日とおなじ、すらりと伸びた背中だ。「またな」その声にもう涙はない。ひらりと手を振って、跡部は俺の部屋から出て行った。扉が閉まる。俺は、その扉を呆然と見つめていた。



俺の見つめる瞳から、涙が頬を伝って落ちた。次から次へと、頬を伝って涙が落ちる。どんどんどんどん、こぼれるように涙が落ちる。そして俺はようやく理解した。失ったものはもう戻らないのだということを。涙が落ちる。まるで俺のようだ。こうしてどんどん落ちていって、最後にはからっぽになる。ぜんぶ失くして、けれどもその先はどうなるんだろう。失くし終わったらそこで終わりなのか。失くしたあとがあるのか。俺は濡れた瞳で扉を見つめながら、まだ失くしていないものについて考えていた。