彼女のつぶやき
野いちごの様に赤く魅惑的な唇から発せられた言葉に気づいたのはヨウスケだけだった。
他の仲間達は教室でそれぞれの訓練レポートを眺めていたり、昼寝をしていたり、作詞に没頭していたりと聞こえた者は居ないように見えた。
言った本人は――秋めいた色広げる琉球の青を眺めながら吐息を一つ。
何かを悩んでいるようでもあり、喉にひっかかった魚の小骨の様に気になる。
どういった意味なのだろうか? そう聞くには人の目もある。
後で二人になってみよう。
ヨウスケは自分に渡されたレポートを折りたたみ、丁度この後は昼ご飯を作って食べるには丁度良いと腕時計で時間を確認した。
「アンタ、眼鏡が気になるのか?」
いつものように部室――調理室にアキラを連れてきて、定位置に座らせたものの、ヨウスケは先ほどの一言が気になり、「何か食べたいものがあるか?」と聞く前にその質問を口にしていた。
料理よりも先に聞くことか?
頭の中で自問自答しながら、軽く舌打ちをすると、アキラはきょとんとした顔でヨウスケの顔を見上げてきた。
「どうしたの? いきなり」
「さっき言ってただろ」
忘れたのか? それともただの一人言だったのだろうか。思い出せば、アキラは外を眺めながら呟いていた。
誰に聞かすでもない言葉は、思っていたことが口に出てしまったぐらいの意味の無いものだったのかもしれない。
そう思えば、たいしたことが無い気がして、ヨウスケはまた舌打ちをする。
このことは忘れよう。
「気になってないならいい。それより、何か食べたいものがあるか?」
見上げてくる細い顎が傾き、自分の質問に答える前に疑問を解決したい――そんな様子が見て取れた。
よほど彼女にとっては突飛な質問だったらしい。
他の異性ならこんな仕草一つで相手の気持ちが分かることは無いが、アキラのこととなると些細な変化も気づいてしまえる自分にため息が出る。
ヨウスケはアキラのこめかみを人差し指でつき、クセになっている舌打ちで言葉を始めた。
「さっき、アンタが言ってた。眼鏡が格好いいとか……そんな感じだ。気になって聞いてみた……それだけだ」
「口に出てた?」
眼鏡のツルを見立て、アキラの耳の裏まで指を滑らす。
指先を撫でる髪の毛の感触に胸が痛んだが、そんなことは気にしない。ヨウスケはこの小さな顔に眼鏡は案外似合うかもしれないと、違うことを考えていた。
「ああ。俺は、かけた方がいいか?」
アキラの頬が桃のように薄く色づく。
そのうちリンゴになるな
触れるのを止め、リンゴになりかけた頬を凝視しながらアキラからの答えを待つ。
「違うの、ヨウスケくんがとかじゃなくて。教官だったら……」
小さくなる言葉尻に、アキラが何を考えていたのか分かった気がした。
――眼鏡って賢く見えて格好いいわよね
そんなことを気にしなくても、アキラは十分格好良い。
姿は可愛い少女だが、有能でパワフルだ。強引な所も、行動力がある所も、そしていつも自分達ISのメンバーのことを思いやる所も、ヨウスケにはまぶしいぐらい格好いいのだが、そんなことを本人に言っても恥ずかしがらせるだけなのだろう。
どう伝えたらいいのか、気持ちが溢れすぎて全ては言葉にならない。
「アンタがかけるつもりだったのか……いいんじゃないか? 似合いそうだ」
チョイスしたワードは少ないが、気持ちだけは込める。
「そうかな!?」
ぱっと上げられた笑顔に、ヨウスケは一瞬、それよりも少しだけ長い時間見とれる羽目になってしまった。
こんなに胸を締め付けられるなら、面倒でも全部言えば良かっただろうか。そんなことを考え、目を伏せた。
絡め取られた呪縛から逃れるように視線を彷徨わせると、冷蔵庫が目に入った。
「何か作るぞ」
きっと今なら今までで一番おいしいものが作れる気がしてくる。
「うん。甘いものがいいな」
期待に浮つく声を背中に受け、今ならどんな甘いデザートでも作れる気がして自然に口元が緩む。
「デザートが先か。まあいい、アンタになら……いくらでも作ってやる」