僕の唄を総て君にやる
光が洩れてこない扉を開くと、ベッドで規則正しい寝息を立てているキッドが発見された。そろそろと近寄ってみると、彼にしては珍しく、本を読んでいる途中で眠ってしまったらしい。
「ふふ」
ベッド際にしゃがみこんで、寝顔を眺める。わたしの大事なご主人さま。髪がシーツにぱらついているのでいつものようにはっきりとはしていないが、左の三本の白は今日もキュートだ。肌なんかわたしより白い。大好きな金色の瞳は閉じられているものの、濃いまつげが影を落とすのを見るのはなかなかいい。とびきり賢そうな額。考えつくされたバランスの鼻梁。高貴な魂。見えなくても分かる。
「早く起きろよ」
確かめるように呟きかけて、頬をつついてみる。目覚める様子はない。
「キーッド」
じん、と何かがこみ上げる。わたしたちみたいなならず者に、キッドは一緒に来いと言ってくれた。清潔な生活と、静かで穏やかな夜。それをキッドとパティと共に送れることは、他にもう何もいらないくらいに幸福だった。
「キッド……、大好きだ」
ひたいに口づける。柄にもなく、触れることにドキドキした。わたしが守ってやる。一緒なら怖くない。わたしの何もかも、お前のもんだ。
離れがたく、ベッドに頬づえをついてキッドの髪を梳いていると、おねェちゃーん、とパティの声が聞こえた。先ほどまで外出していたが、帰宅したようだ。いったん迎えに出てもう一度起こしに戻ろう、と立ち上がり、静かに扉を閉める。わたしのこの、パートナーとして以上の感情は誰にも秘密なのだから、気付かれてはならないのだ。
幾分か先の妹に呼びかけるために玄関に向かった。
「リズ、あいつは…… キッチリ言えばいいものを。卑怯じゃないか」
フテ寝とばかりにシーツに潜り込んだ耳が赤かったのを知るのはもう少し先の話である。
作品名:僕の唄を総て君にやる 作家名:梓智