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緑のシーツ

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ベルリンにあるドイツの家には普段は使われない部屋がある。
滅多にお役目を回されないそこが最後に出番を与えられたのはもう9年も
前のことだ。
プロイセン自身が主役である300年祭ともなれば当然プロイセンの出番も多く、
ドイツも折れないわけにはいかずに、久方ぶりの首都滞在となったおりに
この部屋は終始、プロイセンの……ではなく兄弟2人の寝室としてフル稼働
であった。
つまりそこは、そういう場所だ。





開いたドアの前で、ドイツはふむ、と腕を組んだ。
しっかり休息を取りかつ楽しむ国民性はドイツにも健在で、本日のオフもきっ
ちりと油断も隙も蟻の子一匹入り込めないように満喫しなければとの強い意
思の下、バケツと雑巾とモップを手にやりたい事をやりたいだけやろうと、こ
の部屋へと勇んで来たわけだ。
すなわち、徹底的な清掃である。
ところがここでひとつ問題が起きた。
「……綺麗だな」
まだ上がりきらない太陽が浮かぶ窓の桟も、ユーカリ材を表面加工したフロー
リングも、たっぷり水を吸って艶のあるパキラの高い部分の葉も、それはそれ
は綺麗であった。ドイツの目から見てさえも。
「まぁ、それはそうか……」
振り返ってみれば毎週末の休みをほぼ家事で――しかも7割りは掃除で潰す、
もとい費やすドイツが、真っ先にそして最も熱をいれて磨きあげるのがこの部
屋である。
加えて植物に水をやるとか空気を入れ換えるだとか口実を付けてはこの部屋を
訪れ、ついでにと拭き掃除だの掃き掃除だのしてしまう。
その場面に居合わせた経験のあるオーストリアはゼメリング鉄道から見える岩
肌もかくやという険しい表情でこう仰られた。
曰く『それはついでとは言いません』


しかしそれで諦めるようなドイツではない。
自分でも呆れるな、と苦笑を一つもらし、手に持った愛用の清掃用具たちを廊
下で待たせる事にして、広いベッドの他は申し訳ばかりの書き物机と古く傷ん
だ本棚にレトロなチェストがあるばかりの部屋へ足を踏み入れた。
一番日当たりの良い部屋の更に特等席の窓際には広い広いベッドがひとつ、
でんと鎮座している。
ここへ迎えられたのは20年近くも前の春も浅い頃だった。大した下見もせず、
逡巡も少なく購入を決めたのは、とにかくこれがその売り場で一番の面積を誇
っていたからだ。
東の噂は様々で、ドイツといえども情報の取捨選択は難しかった。むしろドイ
ツだからだったのかもしれないと今なら思えるが、当時のドイツは壊れた壁と
急展開してゆく時勢に振り回され、それまで少なくとも外交上では兄の在り様
を知っていたにも関わらず、「不遇の最愛の人を迎えにいく」というヒロイッ
クな気分に浸かりきってしまっていた。
物質不足の娯楽もない灰色の街。
そんな場所で不遇を強いられた兄、いや愛する人をどうして無機質な黒の
パイプベッドや、いくら清潔であっても人の温もりも生きる音さえも消し
てしまう冷たい冷たい雪を思わせる真っ白いシーツで迎えられるだろう。
だからドイツはプロイセンが東ベルリンの家を引き払って「ただいま」を言い
にきてから、毎日広いベッドで、寒さの記憶に怯えずプロイセンが過ごせるよ
うにと大急ぎで寝具を一揃い調達したのだった。結果的には隠居すると弟が
夢にも思わなかった事を言い出すまでの短い間だけだったけれども。

「シーツは白だろう」
とプロイセンは上辺ばかりの文句を言ったがドイツの揃えた薄く柔らかいブルー
やほんのり色付いたオレンジを存外気に入って、「こういうのも悪くはないな」
と笑ってくれていた。
プロイセンが全くベルリンを訪れる事がないわけではない。それは公務であっ
たり気まぐれであったり、時には弟を翻弄するおねだりであったりする。
そんな時には決まってこの柔らかな色調の少し時代遅れなレイアウトの部屋が
大活躍するのだ。いつだかフランスはこの事を一体どんな伝手でだか諜報だか
知らないが小耳にはさんだ直後の会議で、
「ぷーちゃんは寂しがりやだからねぇ」
と訳知り顔で評したが、実情は違う。最初から、今でも、プロイセンをぎゅう
ぎゅうに抱き締めて眠るのはドイツの方だった。



二段だけの籐のチェストから、ドイツはふわりと若草色のシーツを取り出した。
上の段の引き出しからは同色の枕カバーとベッドスプレッドだ。
一度ベッドの脇において、勢いよく一度も使われなかったごく淡い紫のシーツ
を剥いだ。ラベンダーとも違う色味はドイツではあまり見ない。藤色というん
です、と日本が数年前に贈ってくれたものだった。
手早く3回ほど畳んでから、取り出した若草色のシーツを両手いっぱいに伸ば
して広げる。大判のシーツがばさっとたてるこの音が兄は大好きだ。一度、
「兄さんは本当に好きなんだなこれが。子供みたいだ」
と茶化すように言ったら
「何言ってんだ好きなのはお前の方だろ、ちーっさい頃からだぜ」
と藪の蛇をつついてしまったのでそれ以来口にはしていない。
プロイセンの一等気に入りの緑のシーツは広げてよく見ると、少しだけ濃い緑
色で葉の茂る枝が陰影だけで描かれている。商品名によると、兄弟のリーベン
バウムである楡の木だそうだ。リーベンバウムと言ってもプロイセンの誕生日
は本人曰く「昔過ぎて忘れた」そうなので正確なものとは言い難かったが、根
っこの部分でドイツには無条件に甘いプロイセンは、ドイツがそうだと言い張
れば同じ誕生日を祝わせてくれた。
この家に戻った時もきっと初めから隠居を決めていたのだろうに、ドイツの半
世紀も夢見たひと時を確かに与えてくれていた。枕も掛け布団も一つで、寒い
ベルリンの冬に体温を分け合って眠った。
ずっと昔の小さな子供の頃のように。





広げたシーツを目の高さに掲げたままそんな事を思い出して、日本が見れば慌
てて額に手を当てそうな蕩けきった顔をしていたドイツが、けたたましく鳴り
響く電話のベルにようやく気付き、慌てて踏んづけた藤色のシーツに足を取ら
れるまであと3コール。

               

                         <緑のシーツ>
作品名:緑のシーツ 作家名:_楠_@APH