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夏の思い出

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人の理性がふと、とぎれる瞬間が、人体の健康に支障をきたしているときだとすれば、夏は人を狂わせる季節であると俺は思う。そしてさらに夏はその違和感を払拭してしまう厄介な時期なのである。俺は、俺だけはそうでありたくないと思いながら、アイスキャンデーを運んでくる男に目線を向ける。俺の思考はまだ動いている。俺はまだ、これを、おかしいことだと認識できる。白いシャツが太陽に照らされてまぶしく、俺は目をつぶる。なんだよ、ほんとにあいつ買ってきたのか、と目を細める。異常な、このきわめて異常な現象が現実であることを確認するために。俺はそこでようやくあきらめるのだ。ハーゲンダッツ二つを手に戻ってくる男は、平和島静雄に違いなかった。
「ねぇ、間違えなかった?俺苺のしかだめなんだけど。」
「あ?間違えてねぇよ。それよりちょっと寄れ。暑苦しい。」
「やだよ。シズちゃん向かいすわれば。」
 あっち、と俺は指さす。向かいの、とても遠い席を。シズちゃんはしばらく沈黙を守って、そして体を引きずるように指定された席におちつく。
 シズちゃんはそこに座って、アイスを食べている。
「この前のノートのお礼のつもり、だったっけ?」
「あれで進級できたからな。」
「ふーん、律儀なんだ。」
 そういってまた目線を向ける。俺が、見ろよ。といって叩きつけたノートを、そもそもこいつが見ていたことに驚きだし、それで礼とか気持ち悪い吐き気がする。
「アイス、お金はらうからさ、こういう気持ち悪いことやめろよ。」
 小銭をたたきつける。静雄はちら、と目を向けて、うけとろうとはしない。
「お前こそ、気持ちわりぃだろーが。俺に進級してほしいとかやめろ。」
「そんなこといってないし。勘違いすんなよ。」
 ぎろ、とにらむ。不機嫌な夏、沸点も低いが、体力もほどほどに低下していて、お互い喧嘩には発展せずここで口論になるのがわかっている。手は、出さない。
 俺がにらむと、シズちゃんのほうもこちらをみていた。だからしばらくにらみ合うことになったが、そこには何か、憎しみというより、いい加減にしてくれ、という願いがあった。チャイムがなったことに気付いて、お互いがため息をつくと、先に席をたったのはシズちゃんで、俺はその背中を目で追う。妙な感じで、日々すぎていく。おわれ、おわれ、小銭が残っているテーブルが忌々しい。こんな妙なコミュニケーションでは気が狂う。
作品名:夏の思い出 作家名:桜香湖