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溶解

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エレベーターの妙に現代的なボタンの配置が自分に似合わないと思う。
門田が滅多にここに来ないのは、このビルの無機質さが苦手だからだ。それでも臨也が呼べば、都合が付く限りは断ったりしなかった。同窓生の友人、それだけではない。最も、恋人と言うような甘い関係かというとそれもよくわからなかったが。
インターホンを押す前に臨也はドアを開けて顔をのぞかせた。外で会うときと変わらない。変わらないというのは、仮面をつけているという意味でだ。整っている、それ自体は忌むべき事ではないが愛せるかどうかというとまた別の問題だと門田は思う。

門田を居間に通すと、臨也はただでさえ饒舌な口に輪をかけて話を一方的にはじめる。最近雇ったという秘書は今日はいないようだった。
普段は門田相手にも「洩らす情報」とそうでないものの区別や分別がある程度はついているのだが、今日は違うようだ。
関係ない人間の、耳にするだけで気分が悪くなるようなグロテスクな不幸。臨也がそれを望んでいたか望んでいなかったかはわからない。立て板に水のように流れゆく話は、聞く限り臨也のせいだけで起こったわけではなかった。だけど臨也が絡んでなかった訳でもない。むしろその関係でいくばくかの金銭を得た。それは確かだ。
偶然ではない。情報屋という職業はそれで成り立っているのだし、幾らでも他に道はあっただろうにわざわざその職業を選んだのは紛れもない臨也本人だ。

臨也が壊れたラジオのように話し続ける。いつものことながら少し不安になる。今更臨也の言葉の渦で自分を見失うようなこともないし、臨也が自分をけしかけることもないが、臨也の方が言葉の波に攫われてしまいそうな錯覚をする。
門田は相槌さえ打たない。申し訳ない程度に出された紅茶を飲みながら聞くような話ではなく、最初の方に口をつけただけのそれは二時間聞いていると死んだように冷たくなった。

「ねえ、ドタチン」

臨也はそう言って言葉を切った。臨也が口を閉ざすだけで当然だが話が途切れ、部屋の中は驚くほど静かだったのだと、クーラーの微かなモーター音を聞きながら思った。
門田の名前を呼びつつ門田から目線をそらした臨也は、喜怒哀楽のどれかに単純に分類するのには難しい、複雑な表情をしている。つくりものめいた赤い瞳に不安が滲むが、それとて門田には遠く見えた。
元から門田に内容を聞かせたかったわけではないのだ、今までの長い話は全部この言葉を希釈する水だったのだろう。

「俺は、汚いね」

卑下するわけではなく、同情を求めているでもなく、絵の具を見て赤いねというような自然さで臨也が呟いた。
夕陽が差し込んで部屋と言葉を染めた。部屋はファイリングして整理することのできない言葉を嫌い、言葉は宙で居場所をなくした。
それでもどこかで見たことのある色だと思ったら、夕陽の色は出会った頃、自分たちが高校生だった時とまったく変わっていないのだった。

「臨也」

饒舌な情報屋が口にしない言葉があることを門田は知っている。自分の制御できない感情だ。整理できない、認めたくない、そういうものだ。
この事務所は異常に片付いていて、空調が効いている。その中に紛れてでてこない、原始的ななにか。何もかも覚悟していてもあふれでるもの。
名前を呼ぶと肩がぴくりと動く。怒られることを予期した子供のような仕草だ。それを期待しているのかもしれなかった。倫理的な意味で折原臨也を嗜める者はもういなかった。

臨也はきれいにすることばかり覚えてしまった。
大人と立ち回る方法だけを覚えてしまった。
汚い事だって人を傷つける事だってしているのを知っている。むしろ望んでやっていることもあるらしいし、自分で選んだと責任を問うのは簡単だ。
だけど臨也は、臨也でしかない。門田にとっては本当にそれだけでしかない。
今更見捨てることも、何にも傷つかないと過大評価することもできない。

そして、自分も自分以外の何者にもなれない。器用にもなれないし気の利いた上手い台詞も見つからなかった。そんな仕事辞めちまえと口を出す権利もなければ、ああそうかと見なかったふりをすることもできない。
突然立ち上がった門田に抗議するように、食器は神経質な音をたてる。無視してとった細い手首は効きすぎた空調のせいで冷たくなっていた。熱が伝染する感覚。瞳の赤が揺らぐ。
門田はもう一度名前を呼んだ。
臨也を捕まえると、低いテーブルに片膝をついて抱きついてきたのは臨也のほうだった。子供が親にするように胸に強く強く押し付けられる頭を抱きとめる。
ただの臨也だ。それに安心しているのは自分のほうかもしれない、と門田は思う。この時間がなくなったら。臨也が本当に噂されるような人外じみた面しか見えなくなったら。それに怯えている自分も確かに存在する。だから今、溶けてしまえばいいのだ。
この整いきった部屋には無理だ。だから、夕陽に。
自分も臨也も溶けてしまう夢を見る。体を離せばそれだけで忘れるような願いだと知りながら、過去も未来も、お互いも何もかも解けてしまえばいいと思う気持ちだけが臨也と既に溶けていた。

夜の闇が迫る少し前の話だ。

---終
作品名:溶解 作家名:裏壱