寝ぼすけ注意
アイクがそう言って差し出したのは、銀色の包装紙の上に「ミルクチョコ」と書かれた茶色の紙をかぶせた、一枚の板チョコ。食堂に行けばもらえるものと同じチョコなので、食堂から貰ってきたのだろう。
なぜそれを自分が知っているのかというとまぁ、そういうことだが。
「昨日のことを詫びたいんだ」
「どうしてこれを持ってきた?」
自分がチョコレートを好きだということは恥ずかしいのでマルスやメタナイト位にしか言っていないはずなのだが。アイクはいつも通りの実にしれっとした表情で、
「マルスからルカリオに詫びたいから何か好きなものはないだろうかと聞いたら、チョコを渡せばいいと言っていたから、持ってきた」
「マルスから、か」
そういえばアイクとマルスは同室だったことを思い出す。チョコレートが好きだということなど恥ずかしくて知られたくないことではあるけれど、同時に恥ずかしくて口止めも出来なかったことでもあるので、まぁあまり言って欲しくないのが正直なところではあるが、マルスに聞けばそういうことは教えてもらえそうだ。
それに礼儀正しいあの王子様のことだ。昨日のことを知ったらアイクに詫びろときつく言ってくることだろう。実際にそう言っているマルスの姿と、眉を吊り上げ怒っているマルスのその姿にたじたじのアイクとメタナイトの姿が思い浮かぶ。
「嫌か?」
「いや、そんなことはない。感謝する」
「そうか、別に俺もこれで許してもらおうとも思ってない。その、すまなかった」
自分がチョコを受け取ると、アイクが深々と頭を下げた。昨日のことと言うとまあ、こちらもあまり思い出しても気持ちのいいものではないが、何せ仕方のないことだ。
過ぎてしまったことはしょうがない。腕はまだ、痛むのだが。
「いや、こちらも悪かった。波動の力を使って気絶までさせてしまったしな」
「そんなことはない。悪いのは俺だから、しょうがないことだ。ただ……その……」
「なんだ?」
「さっきから尻尾を振っていないか。あんた、ひょっとして嬉しいのか?」
「ぺぽー」
ルカリオを追いかけてきたのか、肩にカービィが乗る。カービィの体はそれなりの大きさではあるが、そんなに重くはない上にルカリオは日々鍛錬を重ねている身なので全く辛くはない。
カービィの口からよだれが垂れている、その垂れたよだれが少しだけ自分の肩にもついた。
「あきらめろ、チョコは今はない」
こういうときは大体、腹が減っているのかよく自分が持っているチョコレートをねだりに来るのだ。前に一度ねだられたので半分板チョコをあげたのが間違いだったと後悔している。勿論今も。
きっぱりないと言って断ると、カービィはよだれを垂らすのをやめはしたものの、肩の上に乗ったままだ。食堂に連れて行けとでも言うつもりなのだろうか。
「食堂には行かないぞ」
「ぽーよ」
「違うのか?」
カービィが短い腕を伸ばした先は食堂ではなく、中庭のベンチだった。何かがあるだろうかと思って目を凝らすと、青いなにかが見えた。誰かが座っているのだろうか、青というと恐らく、マルスかアイクの頭だろう。というより、青となるとその二人しかいないのだが。
自分の頭の房を一本つかんだカービィは、ベンチの方へと自分を引っ張っていく、何か木になることでもあるのか、仕方がないのでそっちの方へ連れて行くことにした。今なら特にすることもないので、時間は余っているのだから。
ベンチに近づいてその青が大きくなる。ぼさぼさの髪と頭に巻かれたぼろぼろのバンダナが見えたので、ベンチに座っているのはアイクだろう。もしもマルスだったのなら手入れのされた、アイクの青色の髪よりも若干色素の薄い髪が見えるはずだからだ。
「ぽよ!」
アイクの姿は後ろからなので、何をしているのかは見えない。しかしカービィが声をかけても、振り向く気配がない。何をしているのか。よく見ればベンチに腰掛けた体が微妙に傾いている。寝ているのだろうか。どれだけ近づいても何の反応もない。
ぐるりとベンチの周りを回ってアイクの正面に立つ、アイクは一人ベンチの上で昼寝をしていた。自分達の気配には全く気付かず、こくり、こくりと定期的に舟をこぎ続けている。
「……寝ているな。何をしに来たんだ?」
「ぽよー」
カービィは自分の肩からアイクの肩に飛び乗り、起こそうとしているのか、バンダナを引っ張った。引っ張られたせいでアイクの頭が大きく傾くが、それでも起きそうにはなかった。
「やめろ、そんな起こし方をするな」
「ぽよ?」
「起こしたいならそっと肩を揺すってやれ」
そう言うとカービィはバンダナを掴むのをやめて、アイクの肩を揺するだけにしてくれた。アイクもだんだん夢の中から引き戻されつつあるのか、いつの間にか舟をこがなくなっていた。
「……ん」
小さく息を漏らして、アイクが身動ぎをする。起きそうだと思っているうちにアイクがゆっくり目を開ける。が、目を開けたといっても寝ぼけているので半目の状態のままなので少し気味が悪い。ちゃんと起こしてあげなければと思い、自分もアイクの肩に手をかけようとした所。
「!?」
寝ぼけた半目のアイクにいきなりがし、と腕を掴まれた。驚いてカービィとともに呆気に取られているとアイクが掴んだその手を持ち上げて、そのまま引っ張られて、そして、
「……っ!?」
何故か腕を噛まれた。甘噛みならまだよかったものの、寝ぼけていたせいで自分の腕は食い物か何かと勘違いされたのだろうか。本気で噛み千切ろうとしたのだろう。寝ぼけているとはいえかなりの力で噛み付かれた。
「は、離せ! 噛むんじゃない!」
「ぽよ! ぽーよ!」
当たり前ではあるがかなり痛いので、カービィと共になんとかして腕を振り解こうと必死にもがくのだが、アイクは寝ぼけているくせにかなりの力で腕を掴んでいるので全く振り解くことができない。
ただ噛まれているのならいいのに、いやよくないのかもしれないが。どうしても噛み千切りたいのか、かなりの力で噛み付いて来る上に歯をぎりぎりと立ててくる。
「離せ! 私の腕は肉じゃない! 離せと……言っているだろう!」
慌てて噛まれていないほうの腕だけを使って波動弾を作り出し、それをアイクの腹部にぶつける。手加減をしているとはいえ腹部にもろに波動弾を食らったアイクはそのままカービィとベンチと一緒に後ろに倒れこみ、そのまま今度は違う夢の世界へと入ってしまったようだ。
波動弾を打ち込んでしばらくして我に返った。しまった。何をしているのだろう。ファイターとは言え無抵抗な人間に向かって波動の力を使うなど。アーロン様が知ったらどんな顔をするだろう。
「す、すまない。大丈夫か」
「ぽよぉ……」
慌ててカービィとアイクを起こしにいく。巻き込まれて吹っ飛ばされただけのカービィは大丈夫ではあったが。波動弾を腹部に食らったアイクは完全に先ほどとは違う夢の世界に旅立っているようだった。つまり完全に気を失っている。
「お、おい、大丈夫か。私が悪かったから……おい、カービィ! ドクターマリオを呼んできてくれ!」