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貴方にしか、聞こえない

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検事席にたった検事を見て、千尋は目を見開いた。見間違うはずなど、ない。ワインレッドのスーツに、純白のクラバット。
思わず、その名が唇からこぼれる。
「御剣検事‥‥?」
そう。綾里真宵の罪を立証する立場にあったのは、千尋のかつてのライバル、御剣怜侍だった。
(‥‥まずい、わ。)
真宵が犯人ではない、ということは殺された千尋自身が一番良く知っている。しかし、御剣にそれを伝える術など、ない。
そして、あの敏腕検事に新米の成歩堂が勝てるわけ、ない。
「御剣検事さんッ!違うのッ!」
千尋は生前のように、御剣の肩を掴んで揺さぶった。しかし、その手は虚しく空を切るだけ。
「真宵は犯人じゃないわッ!犯人は‥‥あのオトコ‥‥ッ!」
――――聞こえるはずがない。そんなことは分かっていた。御剣は真宵の罪を立証する証拠を淡々とあげていく。
「御剣検事さんッ‥‥!」
千尋が声を枯らして叫ぶ。しかし、その訴えさえ、今の御剣には、届かない。
(――――そう、よね。)
きっと、これが死ぬ、ということなのだ。守りたいヒトがすぐそこにいるのに、守れない。伝えたいことが溢れていたとしても、伝えられない。目の前で進む事態にすら、干渉できない。
綾里の女だから、霊媒を知っていたから、薄れてしまった“死”という概念。千尋は今、あまりにも大きすぎるその存在に圧倒されていた。
――――彼と私は今、全く違う世界に生きている、という現実に。
雄弁に語る微笑みはあの日と変わらないのに、その微笑みが千尋の方に向けられることは、二度と、ない。
「御剣検事‥‥‥‥。」
千尋はそっとその指に触れる。すぐ目の前にある額に、汗が光るのが見えた。
きっと、彼が戦っているのは私のため。あの時、確かに彼は言った。
(「あの裁判‥‥私に責任がある。キズを負った弁護士を立ち直らせるくらい、私の仕事だ、と思うが?」)
彼はきっと責任を感じていた。そして、それはきっと今も。‥‥だから、今もこんなに必死になって、汗を流しながら私の仇を討つために戦っている。
(でも、御剣検事さん‥‥‥‥。)
それは、間違ってるの、と。そんなことは、生きていても言えなかったかもしれないな、と千尋は苦笑した。
私の全てを知った今。それでも尚、私を守ろうと必死に戦っている彼の姿を見て、それでも私はそれを間違っていると言えるのだろうか。
――――きっと、言えない。どうせ、守れない。‥‥だから、私は成長しないのだ。どうせ、守れないと分かっているなら、最初から守りたいと思うこの感情すら、失ってしまえば、良いのに。
(ごめんね、真宵。)
どうせ守れやしないのだ。一番大切に思っているものなんて。‥‥あるいは、それは彼に惚れた弱味かもしれない。ならば、私など、生きていても仕方がない。
(――――でも。)
と、千尋は思う。
それでも、生きたかったと願うのは、きっと彼のため。
千尋はそっと、御剣の頬に触れた。彼の言葉が千尋に向けられることなど、二度と無い。
(「法廷で貴女を見たとき同じ光を感じた。貴女も目的があって弁護士になったのならば立ち止まっているヒマなどないはずだ。必要以上に過去を振り返ることは、ない。」)
そんな励ましの言葉でも、良かった。
(「それは貴女自身が考えることだ。」)そんな叱咤の言葉でも、良かった。
(「あの法廷の後、泣き言を言っていた貴女とは、まるで別人、だ。」)
そんな賞賛の言葉でも、良かった。
(「‥‥そうだな。」)
そんなぎこちない微笑みでも、良かった。
(「なら、出なければ良い。私は貴女に同情する気は、ない。泣き言に付き合うのはうんざり、だ。」)
そんな罵倒の言葉でも、良かった。
有り体に言えば、なんでも良かったのだ。ただ、御剣が千尋に話しかけてくれるなら、それで。二度と自分を映すことの無いその瞳が、一度でも自分を映してくれるのならば。
(――――だから。)
‥‥ねえ、答えてよ。
本当になんでも良い。鼻で笑ったって構わない。貴方になら、有罪にされたって良い。ねえ‥‥だから‥‥‥‥せめて目を見て。言葉をかけて。
とめどなく、涙が溢れた。どんなに私が声を枯らして叫んでも‥‥。
――――貴方には、聞こえない。
悔しくなった。どうして死んでしまったんだろうと、苦い後悔ばかりが胸を満たす。どうして、答えてくれないのだろうか、と不条理な怒りが身体を貫く。
――――どうして、届かないんだろう。
「ねぇ、答えてよ、笑ってよ、こっち向いてよ。」
なんでも良い。あの時のように、反応を返して。千尋さん、と呼んで。
しかさ、その願いも、流す涙も、彼に届くことは、ない。
千尋は必死になって御剣のスーツの袖を引っ張ろうとした。指先は虚しく空を掴む。
――――今の私には、彼に触れることすら、出来ない。
愛してほしいなんて、我儘は言わない。優しくなくたって、構わない。
本当になんでも良い。なんでも良いんだ。だから‥‥‥‥。
「‥‥‥‥答えてよッ!怜侍さんッ!」
泣きながら、その名を口にした瞬間、御剣の動きが少しだけ、止まった。ナニかを探すように、視線が少しだけ宙をさ迷う。
(――――え?)
ふと、言葉をきった御剣を不審に思ったのか、裁判長が御剣に尋ねた。
「どうしましたか?御剣検事。」
弁護席の成歩堂もこちらを見つめている。
「いや‥‥‥‥。」
御剣は視線を千尋がいる方向に投げ掛けた。その瞳が、瞬間千尋を捉える。
――――刹那、視線が絡んだ。
「少し‥‥幻聴が聞こえたような気がして、な。」
そう呟くと、御剣は千尋に向かって微笑んで、堂々と宣言した。
「構わない、裁判長。続けてくれ。私の使命は‥‥‥‥綾里千尋殺害の犯人を有罪にすることだ。」
裁判は何事もなかったかのように進む。しかし、千尋の中では、先程の御剣の微笑みが焼きついて離れなかった。
(‥‥聞こえたの?怜侍さん‥‥‥‥。)
――――この、叫びが。他の誰にも聞こえなかった、この叫びが。
少しの安堵と、僅かな疑いが心を満たす。貴方には‥‥死者の声が聞こえるというの?
きっと、私の声は――――世界で貴方にしか聞こえない。
作品名:貴方にしか、聞こえない 作家名:ゆず