What do you think of me?
成歩堂は目の上に掌をかざしてため息をついた。
季節外れのインフルエンザにかかってしまった自分を恨む。頭はガンガン痛むし、咳も止まらない。喉は焼けつくように痛む。
かといって誰が看病してくれるわけでもない。真宵ちゃんや春美ちゃんに看病させて、インフルエンザをうつしでもしたら、それこそ保護者の監督責任が問われることになる。
(少し、寝るか。)
そう思って、瞳を閉じるが、朝からナニも口にしていないせいか、なかなか寝付けない。もちろん、そんなことをいっても、ナニか作ってくれるヒトなどいない。
(真宵ちゃんがいれば、味噌ラーメン食べられたんだけど、な。)
仕方がない。自分でナニか作って食べよう、と意を決して目を開くと、目の前によく見慣れた、しかし全く予想していなかった顔があった。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥起きたのか?」
「‥‥‥‥御剣?」
「御剣だが。」
少し不機嫌そうに眉をしかめて、御剣は成歩堂の額に手を当てた。
「随分、苦しそうだな。」
そのひんやりとした感触に思わず身体が震える。
「‥‥御剣、どうやって知ったの?」
ぼくがインフルエンザだってこと。と続けようとしたが、その言葉は焼けつくような喉の痛みと、乾いた咳で遮られた。
「真宵くんが、連絡してきたのだよ。成歩堂が自分には看病させてくれないから、私に看病してほしい、とな。」
その言葉でようやく、真宵を自分から遠ざけていた理由を思い出した。
「‥‥うつる。」
喋るのも億劫だが、なんとかそれだけいうと成歩堂は力の入らない手で、御剣の手を冷たい手を払いのけた。
御剣は少し尊大に笑った。
「侮らないでもらいたいな、弁護人。私はそんなにヤワではない。」
「でも、御剣に看病してもらうことなんてないよ?暫く、寝てれば治るって。」
「そうか?」
少し眉をしかめた顔が近づけられて、思わず顔が紅くなるが、熱のおかげで気づかれなかったらしい。
‥‥キミに欲情しているなんて、伝えたら‥‥キミはどんな反応をするだろう。
(――――想像できない、な。)
それでもキミが今まで通り、ぼくの傍にいてくれる保証は、どこにも、ない。
御剣の顔が吐息が感じられるくらいまでに近づいた丁度その時‥‥タイミングが良いのか悪いのか、成歩堂の腹がなった。
――――ぐぅぅぅぅぅ。
あまりに間抜けたその音に御剣はもちろん成歩堂も吹き出してしまう。御剣は顔をあげる。
「なんだ、空腹なのではないか。」
「う、うん。まぁ‥‥。」
決まりが悪そうに頭をかく成歩堂に御剣は微笑んでみせた。
「私がナニか作ってやろう。」
「‥‥‥‥御剣が?」
「ナニか不満か?」
「い、いえ‥‥‥‥。」
御剣が料理をするというハナシは聞いたことがない。不満はないが、スゴい不安だ。
「じゃあ、作ってやろう。」
「う、うん。大丈夫?」
「見くびるなよ、成歩堂。」
そう断言すると御剣はキッチンに姿を消した。
残された成歩堂は布団の中に潜り込む。
(‥‥‥‥ああ。)
こんなにも、好きだ。御剣が傍にいてくれることが、これほどまでにシアワセだ。きっと、成歩堂のこんな想いを、御剣は知らないだろう。‥‥それでも、構わない。
想いを伝えて、御剣が離れていってしまうくらいなら、友達としてで構わないから御剣に傍にいてほしい。‥‥そう、願っている。こんなにキミが近くにいる、今も、なお。
「成歩堂、出来たぞ?」
随分早かったな、と思って布団から顔を出すと、御剣がカップラーメンを持って、立っていた。
「‥‥御剣。」
いや、確かに三分位だった気もするが。
「それは料理って言わないぞ。」
「‥‥まぁ、料理が出来るくらいなら、私も料理をしている。」
「‥‥そうだよね。」
いっそ潔く開き直る御剣を見て、彼にそういうことを期待してもムダだった、と成歩堂は思い出す。小さくため息をついてカップラーメンを受け取った成歩堂はあることに気がついた。
「アレ。」
‥‥‥‥箸すら、ない。
カップラーメンとはいえ、とりあえず空腹が収まると、急激に眠気が襲ってきた。瞼が勝手に落ちてくる。
「眠たいのは良いことだ、成歩堂。タップリ寝れば、すぐに治る。」
そういうと御剣は成歩堂に布団をかけた。成歩堂はなんとか頷く。
「うん、ありがとう、御剣。じゃあ、本当にうつしちゃうといけないから、御剣は帰りなよ。」
「ナニをいう!」
御剣の大きな声で、成歩堂は思わず飛び上がる。
「友人として、キミが眠るまで傍にいてやるのは、当然だろう!」
「え、傍にいるの?」
「当たり前、だ。」
(‥‥友人として、ね。)
――――本当に、そう思ってるの、御剣?
思わず口元だけで微笑むと御剣の怒ったような声が聞こえる。
「ニヤニヤしていないで、早く寝たまえ!私が帰れないだろうッ!」
その言葉に慌てて目を閉じるが、御剣が傍にいる、という緊張で、眠ることが出来ない。
(想いを伝えて、御剣が離れていってしまうくらいなら、友達としてで構わないから御剣に傍にいてほしい。)
‥‥本当に?
こんな想いを抱えながら、本当のことをナニ一つ言えずに、一生この胸の痛みに耐えて生きていく覚悟があるというの?
――――顔が、熱くなる。どうしようもなく、泣きたくなった。
(御剣が‥‥。)
女の子だったら、全て上手くいくのに。
そんな、叶いもしない幻想を抱いてしまうほどに、キミが好きだ。
ふと、隣で御剣の立ち上がる気配がした。成歩堂が寝た、と思って帰るのだろう。何にせよ、これでゆっくり眠れそうだ、と胸を撫で下ろした瞬間――――。
(‥‥!?)
――――唇に柔らかいモノが当たる。
しかし、一瞬後、唇は離れ、御剣が部屋を出ていく音がした。
暫くたって、成歩堂は目を開ける。この部屋には自分以外には一人しかいなかった。あんなことが出来る人物も一人、だ。
触れられた唇を指でなぞってみる。あの柔らかい感触が、生々しく蘇る。
(‥‥マズイ、な。)
ただの友達だったはず、じゃないか。一生、その痛みに耐えて生きていくはず、だったじゃないか。
――――そして、それでも、満足だった、はずじゃないか。
(なのに‥‥。)
なんで、キスなんかするんだよ。なんで、そんなに優しいんだ。
「‥‥くそッ!」
思いきり、唇を擦った。――――自分の想いが、押さえきれない。
(――――ねえ、御剣。)
‥‥キミは、ぼくのこと、どう思ってるの?
作品名:What do you think of me? 作家名:ゆず