勿忘草を花束に
そよそよと戯れる中に黒い箱が一つ
隣には同じく黒に身を包んだ男
手には白い花束
[勿忘草を花束に]
『…日本へ行こうと思う』
彼がこう呟いたのは、霧の守護者の裏切りがあった翌日の朝
周りは反対した
声を荒げて必死で彼を止めようとした
僕は…何も云わなかった
云ったところで何も変わらない
彼の意志も変わらないと直感したから
それに
『行けばいいじゃない』
そう答えた瞬間の彼の瞳
…彼が荷を降ろしたいことが分かった以上、止めることなんて出来なかった
「…狭そうだね」
黒い箱に収まった彼は、僕が見た最後と同じ姿
所狭しに敷き詰められた花々の香りが鼻につく
彼に相応しくない、造られた匂い
日本に渡ってからそれ程経たない内に、彼は死んだと聞いた
嫁をもらい、子どもを授かり、これからという時の突然の死
だが、彼もその妻子も前々から分かっていたことだったらしく、葬儀も落ち着いて行われたという
死に顔は蝋人形のようだ、とある人は云うが、彼は違う
まるで今にも瞼を開け、起き上がってくるのではないかと思うほど、彼は美しかった
「…」
僕はふと、中指に嵌めた契約を見つめた
『オレがお前を愉しませてやる』
だから、オレと共に来い
あの日、あの時、僕を見つめた瞳がまだ僕の脳裏に焼き付いている
「嘘つき」
僕は中指から契約をゆっくりと外すと、彼の入った箱へと放り投げた
「…僕はちっとも愉しくなかった」
嘘、本当は愉しさなんて最初っから求めてなんていない
ただ、君の隣に、傍にいたかったんだ
しゃがみ込み、彼の冷たい頬に触れる
ひんやりとした感触が、彼は永遠の眠りについたことを教えてくれた
ねぇ、ジョット…君は今、何の夢を見ているのかな
その中に、僕はいる?忘れられていないだろうか
「…おやすみ、ボンゴレⅠ世」
黄金色の髪をかきあげて、僕は彼の額に口付けを落とす
瞬間、風が強く僕の頭上を吹き抜けた
『アラウディ』
風に乗せて…彼の声が聞こえた気がした
さよなら、なんて言わない
またいつか、逢えると知っていたから
だからそれまで、どうか僕を忘れないで
男が去った後、黒い箱には白い花束が添えられていた
勿忘草の花束―
今は亡き想い人に贈られた、届かぬ小さな願い
[勿忘草を花束に]
世界が僕を忘れても、君だけは覚えていてほしい