APHログまとめ(朝受け中心)
自国の言葉を愛するフランシスとしては、いくら世界の使用人口が第二位を占める英語とはいえマスターしようという気にはなれない。第一元を辿ればその英語も、仏語を基としている部分もある。しかし変化し続ける言葉は、愛の国の言葉を留め切れていない。
フランシスの理解が追い付かないのには、少なからずそういった部分も関わっていた。
「向こうも失恋して寂しくてお前を誘った。自分の心を隠すぼろ切れ代わりにお前をな。妖精だと思った女は妖婦で、お前は妖婦の爪先に蹴り飛ばされた、と」
フランシスのことを言っているということは分かる。からからと笑う声は酔っ払い特有のものだ。頬が上気していることからアーサーがかなり酔っていることが伺える。
酔っ払いの戯言か、と割り切ることはたやすい。割り切れないのはフランシス自身が当事者だからだ。
愛の国を自負するフランシスは恋多き男だ。アーサーの言う妖婦と出会ったのも、先の彼女と別れた虚しさを誤魔化す為に酒場で酒に縋っていたときだった。
真っ赤なルージュを引いた女は、唇に紅の軌跡を描いた。
「お一人かしら、ムッシュ?」
甘さと色気を含んだ声音だった。
フランシスは、女から同じ匂いを嗅ぎ取った。寂しさと悔しさと未練と、ひと時の温もりを求める匂い。彼女はやはり、フランシスと同じ境遇だったらしい。二人でグラスを煽りながら零した吐息は、躊躇いもなく色を含んで絡み合った。
ベッドに雪崩込むのに、それほどグラスを重ねる必要はなかった。酒の勢いよりも寂しさが上回ったのだ。
それから二人は逢瀬を重ねた。愛の言葉を囁き、同じように囁かれた。
気付くべきだった、とフランシスは今になって思う。寂しさから始まった関係は、いつまでも寂しい。傷痕は消えず目を背けることはできても、時々ズキンと痛んでしまう。
「だからここでお別れ。フランシィ、あなた優し過ぎるのよ」
頭が痛いのはアルコールを摂り過ぎたからか、女の声が蘇ったからか。
フランシスの脳内にしか残っていなかった女の台詞を、何故かアーサーまでもが繰り返している。驚愕、不審、怪訝、形容詞はどれでも良かった。欲を言うならば、全てを用いて現すべき感情に思えた。
「貴方は気泡を飲み込んで
空っぽのまま膨らみ続ける
その中にどうか私を閉じ込めて
貴方は酸素、私は胎動
気泡の毒ならば、いっそのこと」
あなたを爪弾いて刺してあげる
幼く舌っ足らずな声で歌うにはあまりにも酷い唄だった。随分古い言葉だ。フランシスの鼓膜を震わせたのも久し振りの音。
「ひっどい唄」
フランシスは隣に座る酔っ払いに率直な感想を述べた。
音程もぐちゃぐちゃで音楽として成立していない点を除いても、失恋して消沈している相手に聴かせる唄ではない。二つの意味で酷い唄だった。
歌い手は酒に濡れた唇をにやりと歪めて、「感謝しろよ」と音もなく囁いた。
「お前がこれ以上女と面倒なことにならないように、俺が釘を刺してやったんだ」
結局のところ、何故自分はアーサーを酒の席に誘ったのだろう。一緒に飲んだからといって、失恋の痛みを忘れられるほど馬鹿騒ぎできる訳でもない。慰みなど勿論向けられるはずがない。
こうして罵詈雑言を吐かれ、暴力沙汰まで発展しそうになりながらも、失恋の度に彼と酒を飲み交わす理由。
本当に彼の言う通り、釘を刺してもらう為か。いやそれは否だ。即座に否定し、フランシスはグラスを煽る。隣に座る男は、相変わらず心底愉快そうに笑っている。
ああ、結局のところ。
彼のこの尊大な笑顔が懐かしくて、こんな面倒臭い状況をわざと作り出すのかもしれない。
昔は良かったなぁ。呟いた声はやけに嗄れていた。
090327(090416加筆修正)
作品名:APHログまとめ(朝受け中心) 作家名:てい