APHログまとめ(朝受け中心)
アーサーの家の庭で採れたものであるから、家主もどれくらい実っていたのかは把握していたらしい。フランシスがそう言えば、ボウルの中身と実った木苺の量を思い出したらしく、それ以上小言を言うことはなかった。
「お前さ」
「んー?」
テーブルに置いていたボウルを取り、木苺を水でざっと洗う。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ。気持ち悪いんだよ、ちらちらこっち見やがって」
背後から声を掛けられたので、今のアーサーがどんな顔をしているのかフランシスには分からない。逆を言えば、アーサーからも木苺を洗うフランシスの顔は見えない。
「バレてた?」
「あんな欝陶しい視線に気付かないほど鈍感じゃねえんだよ」
これにはフランシスも驚いた。てっきり気付いていないと思っていたのだ。
フランシスが声を掛けたときもアーサーは詩集から顔を上げなかったし、失礼な話だがアーサーは敵意以外の視線に鈍感だと思っていた。
フランシスの邪な視線は敵意には含まれないだろう。ならば好意の部類か、と聞かれると判断に困るものだが、負の視線ではないと断言できる。
「言いたいことって訳じゃないんだけどさ」
「あ?」
何とも柄の悪い返事である。
フランシスは続きを言うのを躊躇ってしまう。
「抱き締めたいなーと、思っていた訳ですよ。お兄さんは」
木苺を洗い終え、手についた水気を払う。ぱっと散る水滴は見ていて気持ちのいいものだった。
躊躇いも足踏みもしなければ、気持ちも真っ直ぐに飛べるのだろうか。
くるりと後ろを振り向けば、顰め面をしたアーサーがいた。やはり、抱き締められない状況なのだ。
今のフランシスの一言で、アーサーの中の傲慢な孤独が反転したことを悟る。
やっぱりなし、とはフランシスも言えなかった。一度口にした欲望をもう一度体内に飲み込むことはできない。胸につっかえてしまいそうだ。
「アーサー、後ろ向いて」
「断る」
即答だった。しかしフランシスの予想の範疇だったので、語尾に重なるか重ならないかという程の速さでフランシスも返答する。
「じゃあ俺の好きなようにする」
アーサーは相変わらず顔を顰めたままだ。
フランシスにとってアーサーの顔は好みの内に入るので、自分の好きな顔がいい顔をしていないとこちらまで嫌な気分になる。
自分好みの顔が歪んでいるのを極力見ないようにしながら、フランシスはアーサーの背後に回った。
アーサーはそれを躱そうともしない。腕を組んだまま、じっと立っているだけだ。
刺は、まだ刺さらない。
フランシスは後ろからアーサーを抱き締めた。首元に顔を埋めれば、紅茶と陽光の柔らかな香りがする。
すん、と吸い込んだ息が擽ったくなかったのだろうか。アーサーは身じろぐこともせずに、フランシスのされるがままだ。
互いの顔は見えない。肘鉄がくるかと思ったが、そんなこともない。
どんな顔をしているのだろう、今の彼は。
向かい合って抱きしめ合う方がきっと甘い。互いの鼓動を反対側に置いて、互いの鼓膜を震わせる。
背後から抱き締めることに利点があるとすれば、自分の顔を相手に見られずに済むということだろうか。または鼓動が重なり合い、一緒にいることを強く実感できる点か。
ふう、とやけに深くアーサーが息を吐き出した。呆れているのだろう。いい年した男が相手の意見も聞かずに甘えているこの状況に。だからこそ、肘鉄が飛んでこないのが不思議だった。
「淋しがり屋はどっちだよ」
溜息混じりのその声に優しさは見受けられない。だが刺もなかった。
とん、とフランシスの鼓膜を震わせたその言は、やけに素直に奥底に落ちていく。
言葉が奥底で跳ね返ると同時、フランシスは笑い出していた。
くつくつと喉の奥を震わせる笑い方に、恐らくアーサーは眉間の皺を深くしたことだろう。彼はこの笑い方をあまり好いていなかった。
「俺の場合は淋しがり屋じゃなくて、卑怯者の捻くれ屋みたいだ」
状況にこじつけて、自分が彼を抱き締められないことを正当化する。
抱き締めたくても抱き締められない状況とはつまり、自分の腕を伸ばせない卑怯者が己の中に巣くっている時だろう。
090416
作品名:APHログまとめ(朝受け中心) 作家名:てい