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【めめらぎ】赤いヘアピンが楔のようで【腐向け】

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「それにしたって阿良々木くん、随分髪伸びたねー」

 やけに間延びした声に振り返れば、僕の脳内映像を裏切ることのない笑顔で忍野メメがそこにいた。
 叩きを肩にとんとんと当てて、実にやる気のない表情で。

「そりゃあ、まあ伸びるよ。あれから三ヶ月経つし」
「髪が伸びるのも代謝の影響だっけ? ホルモンだっけか――まあ、いいや。そんなに早く伸びるのも忍ちゃんの残滓だったり、ね」

 正確なことは分かんないけど、とこれまた実に期待を裏切らない後付けがされた。
 世間話の一つなのだからこれぐらいの気軽さがちょうどいいのかもしれない。
 というか正直、ここにきてまで代謝やホルモンについて深く考えたくない。
 僕は同じ理系なら生物学より物理学の方がまだ得意だ。
 怪我が早く治る。
 つまり細胞が活性化されている――恐らく、全身隈なく。そうでなければこの文字通り化け物じみた回復力だって説明がつかないし、僕の場合は左腕だけが怪異のあの後輩とは違う。
 僕の怪異は全身を流れる血液そのものなのだから。
 僕の身体を怪異に巻き込んだ張本人は、崩れかけの廃墟にくすむことのないまばゆい金髪、それこそ高貴を体現した姿形で埃まみれの部屋の片隅にちょこんと座っていた。
 金の髪は当然として肌まで白いものだから、薄暗い廃墟の中ではぽっかりと浮かんでいるような印象さえ受ける。
 薄暗い廃墟、埃まみれの元教室。僕と忍野の手には二人ともミスマッチな掃除用具。忍野は叩きで僕は雑巾。
 それほど綺麗好きという訳ではないけれど、いい加減――というか我慢の限界というべきか――この忍野の根城をもう少しマシな環境にしなくては、と思ったのだ。
 ずっとこんな生活を続けてきたであろう忍野はともかく、姿形が表す通り、本当に高貴な血筋の忍が可哀相になってきた。
 高貴な血筋以前の問題だ。女の子がこんな環境で暮らせる方がどうかしている。
 ましてや彼女は僕の被害者であるのだから、そりゃあ出来る限りのことはすべきだろうと、誰かに言わせれば弱くて薄い優しさで忍野の根城兼忍の居候先を掃除しに来た訳だ。
 忍に噛み付かれた跡を隠すために伸ばした髪は項を隠すくらいには伸びている。
 項まで髪が伸びるということは、もちろんすべからく全体的に平等に公平に伸びているという訳で。
 掃除するには邪魔だから、と前髪やその他諸々の箇所をピンで留めてしまっている。
 何となく男がヘアピンで髪を留めるというのが女々しくて、学校や家ではやっていないけど――やってみると思いの外楽だしそれほど違和感もない。
 授業中に伸びた前髪が邪魔で黒板が見にくかったりするから、もう少し決心がついたら学校でもやってみようか。
 そう思ったがすぐに取り止める。やはり人前で髪にヘアピンは――僕のキャラじゃないだろう。

「ところでそのヘアピン、阿良々木くんの私物?」
「男が私物にヘアピン持ってたらおかしいだろ」
「そう? 最近は男の子でも普通にヘアピン付けてるし、阿良々木くんもそうなのかと思ったんだよ。なんだっけ、ほら、あのくちばしクリップみたいなやつ」
「ああ、つけてるやつはいるけど」

 髪だったり鞄だったり色々だけど、そういうのをつけている男子っていうのは総じて女子と仲がよかったりする。
 こういうところにも性の曖昧化が現れているんじゃないだろうか、とか僕が女子どころか男子とも対して仲良くないこととの話題を擦り替えてみる。

「阿良々木くんのじゃないなら、それ誰の?」
「戦場ヶ原がくれた」
「ツンデレちゃんが?」

 僕としては少し誇らしげに言ってみた。対する忍野は心底意外そうに驚いてみせた。
 普通ならそこで腹を立てるような反応だが、残念なことに僕としてもその驚きは十分理解出来るので何も言わない。
 忍野がツンデレと呼ぶように、いやツンデレなんてあまっちょろい枠じゃ収まり切らない、それこそツンドラ荒原の方がまだ優しいんじゃないかと思えるあの戦場ヶ原が、僕に物をくれたのだ。
 一応恋人同士である僕らがたかがヘアピンを貰ったくらいで、と普通は思うだろう。
 しかし相手は戦場ヶ原ひたぎ。
 彼女の本性を知る人間からすれば、これがいかに大事であるかが理解出来る。
 現に忍野は「ほー」だの「へえー」だの「ツンデレちゃんにもようやくデレ期が来たんだねー」などと感心したように呟いている。
 ……いや待て、その言い方だと戦場ヶ原は今までずっとツン期だったってことにならないか?
 それってツンデレじゃなくて、ただの冷たい人間……今は何も考えまい。自分の彼女の位置付けを疑ってどうする。

「あいつの家で勉強会しているときに僕の前髪が欝陶しい、って容赦なく留めてきたんだよ。何でもあいつの目の前にいるときは留めておけ、だそうだ」
「ツンデレちゃん、潔癖だもんね。長く伸びた髪なんてだらしなくて嫌いなんだろうな」

 まあ、その気持ちも分からなくはない。僕自身噛み跡を隠すという目的がなければ、欝陶しくてばっさり切ってしまっている。
 前髪一直線の戦場ヶ原のことだからその辺は僕よりうるさそうだ。だからこそこうしてヘアピンをくれたんだろうけど。

「いいと思うよ、男がヘアピンなんて女々しくて僕はあんまり好きじゃなかったけど――うん、阿良々木くんなら、アリかな」
「…………は?」
「似合ってるってことだよ。可愛い可愛い」

 その言葉だけやけに普通に言われるものだから、僕はイマイチどう反応していいのかリアクションに困った。
 なのでとりあえず。

「ちっっっっとも嬉しくねえよ!!!」

 怒鳴るだけ怒鳴って、アロハ男に全力で手にした雑巾を投げ付けた。



100101(090612)