鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心)
「もりつぐさーん?」
早瀬は顔がにやけるのを止められなかった。普段からさらりと早瀬を受け流すこの人が、珍しく感情をあらわにしている。ぐいっと伸びて、青年の顔を覗きこんだ。
じとりと漆黒が睨む。怖いとは思わなかった。きっとこれが森次なりの照れ隠しなのだろう。
早瀬の中でむずむずと何かが身じろぎした。もう少しからかってみたくなったのだ。いつも揚げ足を取られ掌の上で転がされてばかりなのだから、こういった時こそ反撃しなくては。
「俺ね、森次さんのこと凄い好きなんですよ。髪だってさらさらだし、目とか星浮かんでるんじゃないかってぐらい綺麗だし、睫毛も長いし、あ、あと抱きしめるとすごいいい匂いして!!」
「…………」
「こんな綺麗な人が恋人でいいのかなーって、たまに思います。でもやっぱり、森次さんに相応しいのは俺しかいないかなー、なんて」
「早瀬」
「なんですか?」
本当はもっと言いたいことがあったが、森次に呼ばれたので止めた。
森次も空に近いマグカップをガラステーブルに置いた。そして空いた両手をぐいと伸ばし、早瀬を抱き込む。香水とも違う、もっと微かで控えめな香りが早瀬の鼻孔を擽った。
「あまり調子に乗るなよ」
「は、い? ……ったたたただぁ!!」
「大人をからかうのも大概にしておけ」
「いたい! 痛いです、森次さんギブ、ギブ!」
背骨がミシミシと音がしないのが不思議なくらいだ。
森次は早瀬を物凄い力で抱きしめた。ただし、照れ隠しにしては些かやり過ぎのような力が込められていたが。
ようやく開放された早瀬は、叫びすぎて少し喉が痛かった。しかし森次の方からこういった接触を持ってくれることなどほぼ皆無なので、これはこれで愛の形かな、などと思ってしまう。思うだけで口にはしない。次は確実に死線を越える。
憮然とした顔で、森次はテーブルに置いていたコーヒーを飲もうとした。しかし中身は空で、当たり前のように飲むことは出来ない。
どうするんだろう、と黙って早瀬はその動きを追った。
あ、と早瀬が声を上げたのと、森次がコーヒーを飲んだのは同時だった。
森次が口を付けたのは早瀬のコーヒーだった。憮然とした顔から、眉間に皴が寄る。
「温い。甘い」
「勝手に人の飲んでおいて、それはないでしょ」
自分勝手だ、と早瀬は言って小さく笑った。
「大人はみんなそんなものだ」
「なんですかそれ、開き直りですか?」
「そうかもな」
森次はまた一口、早瀬のコーヒーに口を付けた。間接キスだなあ、と早瀬はぼんやり思った。言うか言わないかちょっと悩んで、早瀬は口を開いた。
「森次さん」
「なんだ」
「大好きですよ、本当に」
「知っている」
綺麗に笑んだ森次の顔が余裕に満ちていて、それが酷く早瀬には悔しい。
唇を彼のそこに押し付けてみれば、確かに甘ったるいコーヒーの味がしたような気がした。
「あーあ、森次さんが『浩一、大好き』って言ってくれれば、俺、昼飯腕によりをかけて作るのになあ!」
早瀬は自棄になって叫んだ。ぼすん、とソファーに飛び込む。天井のシミでも数えてやろうかと思ったが、シミ一つない白が視界一杯に広がるだけだった。
小さい笑い声が聞こえた。横になった早瀬に、森次が覆いかぶさる。
早瀬の視界には森次しか映らない。ばくばくと心音が煩い。女の子じゃあるまいし、と自分に言い聞かせるが、早瀬の心臓は静まりそうにもなかった。
「早瀬、好きだ」
「ッ!!」
「だから」
早く昼食を作ってくれ。
それまでの空気を霧散させる一言。
時計を見れば十一時を過ぎていた。
「ああっ、もうアンタやっぱり最低だ! ずるい!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
起き上がる拍子に、早瀬はもう一度森次にキスをした。キスひとつ、なんてことないように森次は受け流す。
ぶすっとした顔でキッチンに立つ早瀬を見て、森次は見つからないように小さく笑った。
中学生相手に、本気で恋をしようとする自分は一体何なんだろう、と。
081024
作品名:鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心) 作家名:てい