あなたのいる風景
「吸うか?」
「気前いいね。――でもいいよ」
その煙草を黙ってベッドサイドに置いた。
静雄はそれを手に取るとくわえて、火を点けた。臨也はその煙にたいして目を細めた。
「よくそんな体に悪いもの吸えるよね」
「その割にさっきはくわえてたじゃねえか」
「火の点いてない煙草の匂いは好きなんだよ」
その言葉に静雄は新しい煙草を取り出して嗅いでみた。強い香りだった。
臨也はコートを羽織った。
「帰んのか」
「うん」
頷いてから臨也は皮肉気に笑った。
「シズちゃんが煙草を吸い出す時って俺に帰って欲しい時でしょ」
「んなことねーよ。俺は常にお前とは顔を合わせたくない」
「そうだったね」
臨也の動きは軽やかだった。足音をさせずに静かにドアを閉めて出て行った。
煙草と言えば忘れられない風景が静雄にはあった。
高校時代の屋上は中立地帯だった。別にはっきりとしたルールではなく、ただ屋上では彼も臨也も口を閉ざして背を向けた。
臨也はそこで空を見上げながら煙草を吸っていた。教師に見つかったらただではすまない。しかしそれを忠告するつもりは静雄になく、ただくゆる煙を眺めていた。
「午後から――」
「えっ?」
思わず聞き返したのは静雄に向かって話かけているのが信じられなかったからだ。
「午後から台風だって。シズちゃん早く帰ったら?」
「んああ」
臨也は最後に大きく煙を吐き出すと空き缶の中に吸いがらを突っ込んだ。
「煙草吸うんだな」
「ああ」
「好きなのか」
「いや、煙を眺めてるのが好きなだけ」
それだけ言って臨也は静雄の横を通り過ぎて屋上から立ち去った。
彼の言った通り、その日の午後は大嵐になった。
その数日後のことだった。
静雄が仕事帰りに池袋の街を歩いていると、臨也を見かけた。苛立つ気持ちを抑えて家へ帰ろうとすると臨也のほうから彼を呼びとめた。
「シズちゃん」
「何の用だ?」
「いやね。これあげるよ」
臨也は思いっきり手に持っていたものを投げた。慌ててキャッチすると煙草だった。
「じゃっ、俺は忙しいから」
「おい……」
手元に残された煙草はいつも彼が吸う銘柄だった。
昔臨也が吸っていた銘柄だった。