氷結の園
鋭利な目で吐き捨てるようにいった少年に対して、もう一人の少年は対称的に沈黙を守っていた。炎のようにごうごうと燃える瞳。短気な性格。片方の少年は目に見えて分かるほどに単純だ。
その一方で、もう一人の少年はどうかというと態度に出ているように、表情からは感情が汲み取れず、組んだ足を直す事もせず、その銀色の髪を時折撫でる程度のことしかしない。
「その胸糞悪ィ態度も、自分は何でも分かってますみたいな態度も、全部全部いけ好かねぇ」
少年が黙っていることをいいことに、彼は言いたい放題自分の感情をぶちまけた。
どこがどうしてどう嫌いで、何で俺とお前が同列扱いなんだ、と不平不満を続ける。やがて無反応である彼に興味を失ったのか「ちっ」と彼は小さな舌打ちをして、彼専用の椅子にどすんと腰掛けた。
ぎりぎりと爪を弄り、いらだたしげにする少年に、もう一人の――もとい、ガゼルはゆっくりと口を開いた。
「お前は、いつもそうだな」
「アァ?!」
「短気で、自分の言いたいことを全部言って。まるで単純。子供のようだ」
冷水のように、ぴしゃりと彼は言い放った後に、暫く再び沈黙する。ただしその沈黙の間ももう一人の少年――バーンは「何だとテメェ、やんのか」と血気盛んに椅子から立ち上がり今にも彼に殴りかかりそうな怒号を上げている。
水と油のような二人の少年。性格も、外見も、まるで対比的。お互いにお互いを嫌悪しあっている仲である。
もう一つ、相容れない部分がある。
「ほら、二人とも喧嘩はおよしなさい」
「! 父さん」
「……お父様」
“ 父 ” と慕う人間の存在。先ほどまでいがみ合っていた二人はあっという間に沈黙し、彼の前に並んだ。
この「父」こそが彼らの存在意義といってもいいだろう。彼らはお互いに御互いを牽制しあってはいるが、それでも彼の前では喧嘩はしない。誰が最も「ジェネシス」に相応しいかを選んでいる最中に下手な失態は出来ない。
二人の目が、彼の後ろに居る存在に気付き向けられる。それは圧倒的なまでの敵意。先ほどのガゼルとバーンが互いに睨みあったものよりも更にきつく、嫌悪と憎悪をむき出しにしたそれ。
ターゲットとなった人間は恐らくは彼らと同い年であろう少年に向けられた。
―― 基山 ヒロト。
本当の「息子」の名前を与えられた、少年。どうして彼が父と一緒にいるんだ。そんな嫉妬と様々な感情が入り乱れた瞳でヒロト、基、グランを睨みつけるとグランは飄々とした表情で「父さん、俺はこれで」と随分とあっさり言った。
部屋を出て行ったグランに目をくれてやらずガゼルは淡々と「どこかにお出かけだったのですか」と尋ねた。バーンは逆にグランをずっと睨みつけていたのでガゼルの言葉にはっとなり「そうだ、グランだけずるくないか!」と振り返って父に訴えかける。
マスターランクの三つ巴。ガゼル率いるダイヤモンドダスト、バーン率いるプロミネンス、そしてグラン率いるガイア。彼らのどのチームが最も秀でているか。誰がトップに君臨するのに相応しいか。
当然ガゼルもバーンも自身のチームが一番だと思っている。けれど、吉良の執着は自分達よりもずっとグランに向けられている気がしてきて、余計に焦る。
吉良はゆっくりと唇を開いて、いつもの菩薩のような笑みを浮かべると「おやつを買って来たんですよ」と言った。その両掌にはたくさんの飴玉やチョコレートが収められており、彼の横にある紙袋にも恐らくは同様のものが入っているのだろう。
思わず目が点になったガゼルとバーンに、少しばかり吉良は困ったように「実はお財布を忘れましてね、グランに届けてもらったんです」と言った。こういうことはいつも瞳子に任せていたから。その付け足しの言葉に一瞬空気がずしん、と重たくなるが、ガゼルは「それならば私が届けにいったのに」と不満を僅かに漏らした。
冷静であるガゼルがこんなことを言うなんて珍しい。頭の後ろで手を組んでいたバーンはちらりとガゼルに一瞥をくれると、直ぐに「そのお菓子、俺らに?」と吉良に尋ねた。
「ええ、これはプロミネンスとダイヤモンドダストの皆にですよ。バーン、ガゼル、其々持っていってみんなで分けなさい」
「はい、父さん」
「……はい」
無言の威圧に押し負けて部屋を出ると、いらだたしそうにバーンは舌打ちを繰り返す。よほどグランに先を越されたことが気に食わないらしい。ガゼルは貰った紙袋を左手で抱えるとスタスタと歩き出した。
「っ、おい!テメェは何とも思わないのかよ!」
「……何が?」
「グランのヤローに先を越されて、何ともねーのかよって聞いてんだよ!」
バン。荒々しく拳を壁に殴りつけ、ギラギラとバーンはガゼルを睨みつけた。ガゼルは淡々と「お前ほど直情的じゃない」と返し、踵を返そうとする。
しかし、それは失敗に終わる。がつん、という鈍い音。そして頬に感じる恐ろしいほどの痛み。口端を切ったのか、なにやらじんわりと鉄の味が口の中に広がった。
「何をする」
「るせぇ!」
「……本当にお前は短絡的、単純だな」
「黙れ!ジェネシスになるのは――俺たちだ!」
ぱし、と払いのけるようにして手を弾き返すとガゼルは溜息を零した。会話をするだけでまるで宇宙人と会話をしているようだ。頭が疲れる。
けれど彼は腕を組むと「ジェネシスになるのは、我々ダイヤモンドダストだ」と言い返ししゃんと姿勢を正した。
「お前にも、――グランにも、ジェネシスの座は渡さない。お父様に認められるのは、私たちだ」
氷のような瞳は氷柱を尖らせてバーンの咽喉元に突きつけるように刺す。けれどバーンはそれを炎のような瞳で溶かそうとする。
暫く睨みあっていると、ぼそりとガゼルは呟いた。
「お父様は、グランが特別なのを君は知らないんだね」
それは知らなければ良かったこと。後悔にも似た言葉にバーンは眉を少し上げた。言っている意味が分からない。ガゼルにどういう意味だと尋ねてもガゼルは「どうせ知ったところで何にもならないだろう」としか言わない。その言葉が益々彼を逆上させるというのに、ガゼルは寧ろそれを分かっていてやっているのだろうか?
「私は、君たちには負けない」
くるりと背を向けると彼はもうバーンと会話をする気も起きないのか歩き出す。
取り残されたバーンは苛立たしげにもう一度壁を叩く。ストレスを発散するように重々しい溜息を零した。
「おもしれぇ」
ニタァ……と口元を挑戦的に笑うと、彼はガゼルとは反対側の道をのっしのっしと歩いていく。ガゼルとは反対側の、右手にその紙袋を持って。