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その優しさに

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「じゃッ!ありがとうなー、成歩堂ッ!」
「もう、二度と、来るな‥‥ッ!」
笑顔でヘラヘラ手をふる矢張を事務所から追い出すと、ため息をつき、成歩堂はバタンッ!と音をたててドアを閉めた。
その音に昼間の疲れからか、ソファーでうつらうつらと舟をこいでいた真宵が目を覚ます。
「‥‥また、やっぱりさん?」
気持ち良さそうに眠り込んでいた真宵を起こしてしまったことに成歩堂は罪悪感を感じた。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん。大丈夫‥‥。」
真宵は眠たげな目を成歩堂に向けるとそのままの瞳で笑った。
「やっぱりさん、お金借りに来たの?」
「うん‥‥まぁ、ね。」
少し口ごもってしまう。一概に悪いヤツだ、とは言えないのだが。
「やっぱりさんも、お金無いなるほどくんじゃなくて、みつるぎ検事とかに借りれば良いのに、ね。」
真宵はそう呟くとクスクスと笑った。未だに夢見心地なのか、その滑舌はあまり良くない。
「御剣の所にも行ったんだけど、断られちゃったんだって。『貴様に貸す金など無いッ!』って。」
「ああ、言いそうだなぁ。やっぱりキビシイねぇ、みつるぎ検事‥‥。‥‥なるほどくんも断れば良かったじゃない。」
真宵は毛布を引っ張ってくるとその中に潜り込んだ。成歩堂は少し空調の温度設定をあげてやる。
「んー‥‥でも、矢張が借りた金を返さなかったことって無いし、一応親友だからな‥‥アレでも。」
成歩堂は呆れたように、少し笑ってみせる。
‥‥でも、きっとそれは少し違う。‥‥本当は、ずっと怯えているから、だ。成歩堂が御剣のような、強さを持つことは出来なかったから、だ。他人にそう思われたいだけ、だからだ。‥‥だから、断れない。
――――だから、ずっとその時が来るのを恐れていた。
(――――なるほどくんは、優しいね。)
「ふぅん‥‥やっぱりなるほどくんって優しいんだね。」
いつか、彼女がそういう風に言う時を。
「親友とはいえ、ヒトにお金貸すなんて、やっぱりなるほどくん優しいよ。」
いつか、彼女がそう勘違いする時を。
「だから、なるほどくんは‥‥‥‥なるほどくん?」
話を続けていた真宵は成歩堂の表情を不審に思ったのか、成歩堂に問いかけた。
「なるほどくん‥‥大丈夫?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「なるほどくん?」
「‥‥いつだってそういう風に言われてきたよ。」
――――本当は違うのに。
そんなレッテルを貼られてしまうことが、“優しいヒト”という重圧に耐えながら生きていかなくてはならないことが一番嫌だった。
「‥‥なるほどくんは優しい、って?」
真宵は少し言葉を選びながら話す。
「うん。」
「だって優しいよ。やっぱりさんにお金貸してあげたんでしょ?それとも、お金とみせかけて新聞紙でした!っていうアレ?」
「‥‥ぼくは優しくなんかないよ。ただ、怖いだけなんだ。頼みを断って、嫌われることが。」
矢張のためを思えば、本当は貸さない方がずっと良いのに。嫌われることが怖くて、それさえ、言えない。
「‥‥‥‥。」
真宵は黙ったままだった。
「御剣は‥‥強い人間だ。‥‥ヒトに嫌われることを恐れない人間だ。だから、矢張の頼みも、矢張のためにならない、と思ったら断れる。」
――――ムカシから、羨ましかった。
成歩堂は、きっと一生持つことの出来ないその強さを持っている御剣が。
「きっと、優しいヒトだと思われたいだけなんだ。」
だから、それだけ貼り付けられた“優しいヒト”というレッテルに重圧を感じる。
「でも‥‥‥‥。」
「ぼくは優しくなんかないんだ。‥‥本当に優しいのは‥‥。」
――――ぼくなんかじゃない。寧ろ、ぼくはそういう化けの皮を被ったまま、真宵ちゃんや御剣のような優しいヒトたちを騙し続けている。
本当に優しいのは――――。
「本当に優しいのは‥‥御剣、だ。」
例え、その冷たさでヒトが彼を避けようとも、結局彼はヒトを救えるのだから。ぼくは、ヒトを助けることで、逆にヒトを貶めている。
「んー‥‥‥‥。」
真宵はしばらく首を傾げていたが、やがて口を開いた。
「みつるぎ検事のことは良く分からないけど、さ。‥‥なるほどくんにお金貸してもらってやっぱりさん、笑ってたよ。」
「?」
意味が分からなくて真宵の目を見ようとすると真宵は毛布にくるまってしまう。毛布の中からくぐもった声がした。
「‥‥あたし、優しさとか良く分からないよ?‥‥でも、さ。‥‥ヒトに嫌われたくないって思うことは悪いことなのかな?ヒトを助けるのは悪いことなのかな?ヒトを笑顔にさせるのはいけないことなのかな?」
そこまで一息に言うと、真宵は言葉を切った。
「ヒトに優しいって思われたいと思うのは、悪いことなのかな?」
(――――ああ。)
渇いた心に真宵の言葉が染み込んでいくことで‥‥実感する。
(そう、か。)
彼がぼくによってのみ癒されたように、ぼくはずっと、彼女にそう言ってほしかったのかもしれない。他の誰の声でもない、そう、彼女の声で。
(――――本当に優しいのは‥‥。)
なるほどくん、だ‥‥と。
「あたしはなるほどくんは優しいと思う。‥‥あたしが味方がいなくて困ってたとき、助けてくれた。やっぱりさんのことも助けた。みつるぎ検事のことも助けた。‥‥だから‥‥‥‥上手く言えないけど、優しいのは、なるほどくん、だよ。」
「ねぇ、真宵ちゃん‥‥。」
成歩堂は真宵の顔を見ようと毛布を引っ張ってみるが、真宵は意地でも顔を出そうとしなかった。仕方がないので、成歩堂は毛布ごしに声をかける。
“優しいヒト”というレッテルではなく、中身まで見てくれる彼女。‥‥だから、ぼくはずっと惹かれていたんだ。‥‥その優しさに。
(――――ぼくも、御剣も優しいかもしれない。でも、やっぱり一番優しいのは‥‥‥‥。)
「優しいのは、真宵ちゃん、だよ。」

作品名:その優しさに 作家名:ゆず