キミを守るのに理由はイらない
備品倉庫に入ると、脚立の上に八千代がいた。その手には白い蛍光灯が握られている。よく見れば、申し訳程度に設置されたそれの1つが取り外されていた。そういえばだいぶ明かりが心もとなくなっていた。
「つかなくなっちゃって」
「…代われ」
不安定な脚立の上で、いつもの通りおっとりのんびり作業をする八千代。ただでさえ狭いのに、腰から下げた刀がカツンカツンと脚立にぶつかり、彼女が動くたびに脚立が大きく揺れる。本人はその揺れに、あらあらとどうにかバランスをとっていたが……見ている方が怖すぎる。
「え?」
真下に移動するために一歩踏み出した佐藤を意識してか無意識か、スカートのすそを押さえながら八千代が佐藤を見下ろした。
「でも…」
「俺の方が背が高い」
ほら、と古い蛍光灯を預かって彼女が下りるために手を差し出す。
ためらいながらも八千代がその手に触れようとした、その時
「山田、お仕事をしに来ました!!」
バタン!と大きな音を立てて倉庫のドアが開いた。
八千代が、驚いて手を引っ込める。それだけなら、いつものようにどんよりと山田を睨みつければいいだけの話だった。しかし、八千代は脚立に乗っていたのだ。
「きゃっ!」
「!」
最上段の無理なバランス移動で脚立が大きく傾いた。佐藤はとっさに持っていた蛍光灯を放り投げて宙に舞う八千代に手を伸ばし、彼女を捕まえるとそのまま抱え込んだ。
「佐藤、君?」
数秒、意識が飛んでいたようだ。
気がつくと床に大の字に横になったっていた。脇には自分を覗き込むように八千代の姿がある。ついでに山田も覗き込んでいた。身じろぎをすると、打ちつけたあちこちに痛みが走った。ジャリっという、ガラスの破片が粉々になったものをすったような音もした。
「佐藤君、大丈夫?」
「…あぁ」
八千代を捕まえた瞬間、何か(とはいっても脚立以外ありえない)に襲いかかられ、額のあたりでガツンとなったのを思い出した。普段髪で隠れている辺りの額がずきずき痛い。そっと手を伸ばして触ってみると何か濡れたものでべっとりと前髪が張り付いていた。…手が赤く濡れている。
(切れた…)
「た……」
「あ?」
起き上がろうとしたら、がっと勢いよく肩を押さえられた。
「た、大変!あ、葵ちゃん、だ、だれか……」
「は、は、は、はいぃ!!」
「すごい音したけど……、うわ!」
ドアのところにひょいと顔を出したぽぷらと山田が激突。
「どうしたの?葵ちゃん」
「た、種島さん、たい、たいへんです!佐藤さんが…死んじゃいます」
「殺すな」
「そんな、ダメ、死んじゃだめよ!佐藤君、しっかりして!!」
「死んでねぇ」
「きゅ、救急車~!」
「落ち着け」
思い切りドスを利かせた声が倉庫に響くと、ようやく混乱した(だけ)の3人が口を閉じた。
「八千代」
「な、なに?」
「離してくれ」
「でも…」
「いいから」
八千代が渋々と手を離したので、ようやく起き上がれた。いくらお子様の山田とぽぷらとはいっても、スカートの女子をしたから見上げるのはお互い気まずい。
「おい、山田」
「は、はい!」
「救急箱、休憩室に用意してくれ」
「はい!!」
今度こそ倉庫をすっ飛んで出て行った山田を見送りつつ、一番気になっていた事を聞くために八千代を振り返る。
「怪我は?」
「私は、全然…。でも…」
「ちょっと切っただけだ。種島」
「はい!」
「こいつ連れて行ってくれ、それからすまんがここの後片付けを頼む」
「後片付けはいいけど、佐藤さん大丈夫?立てないなら、誰か呼んでくるよ?」
「…心臓がな」
「へ?」
「驚きすぎて、ドクドク言ってる」
「あ、うん。私も驚いたけど」
「それが落ち着いたら行く」
「ダメよ!早く手当てしないと!」
「ちょっと切っただけだ。…まずはお前が落ち着け」
「八千代さん、とりあえず外に出て、誰か男の人呼んでこよ?私たちじゃ佐藤さん支えられないし」
「そ、そうね!」
そう言うと八千代は今度はぽぷらを置いて行く勢いで、倉庫を出て行った。人手はいらないが、とにかく静かになったので背後の棚に背中を預けてため息をついた。血が流れ出る額に白衣の袖で押さえる。
ぽぷらに心臓が驚いていると言ったのは嘘ではない。しかし、それは脚立が倒れてきた事だけが原因でもない。とっさとはいえ、八千代を抱きしめてしまった事と
(憶えてねぇ…)
その直後の事をまったく覚えていないふがいなさが、びっくりと脱力の原因だった。憶えていたら憶えていたで別の葛藤があったとは思うが。
(タバコ…)
仕事中だったので、ポケットにも入っていないタバコが無性に恋しい。
「はぁ」
煙の代わりにため息を吐き出すと、空いた手をついて立ち上がる。足元で割れた蛍光灯がジャリっと音を立てた。少しくらっとしたが急に起き上がらなかったのがよかったのだろう、特別倒れるような事はなかった。
「佐藤君!?」
ドア開けて外に出ると八千代と彼女に腕をひかれた小鳥遊がそこにいた。八千代はすぐさま支えるように佐藤の脇に回った。
「うわ…、派手に切りましたね」
小鳥遊はそう言いながらも、他の女性陣のように大騒ぎまではしない。男なら珍しくはない程度の怪我だからだろう。そもそも、伊波によく殴られている小鳥遊にはさらに日常的なものかもしれない。
「でも、頭は出血しない方が怖いって言いますよね」
「そうなの?」
「脳内出血とかの方が怖いじゃないですか」
「のうないしゅっけつ……!?」
倉庫を覗き、うっわすげ~と呟きながらの小鳥遊の台詞に、八千代は表情を固くした。がっしりと佐藤の服の袖を掴む。
「佐藤君、やっぱり病院へ行きましょう?だって、何かあったら…」
余分な事を言いやがって。
「騒ぐ怪我じゃないって言ってるだろ」
「でもでも、佐藤君に何かあったら、私…」
今にも泣きそうな顔でうす向くその姿は、深い意味はないと知っていても思わずドキリとしてしまう。
「佐藤君には、私はたくさんいる友達の一人かもしれないけど」
ムカ
「私にとっては少ししかいない、とても大切なお友達だもの」
グサ
「お友達を心配しちゃだめ?」
グサグサ
可愛らしい上目遣いの表情にときめく間もなく、グサグサと言葉の矢が突き刺さる。
「それに佐藤君の怪我は、私のせいだもの」
そんな事はないと言っても、八千代の耳には届いていない。
「そうだわ…巻き込んじゃってごめんなさい…」
ムカムカ
目の前で小さな肩を落とす八千代。
「こんな私が友達なんて、迷惑よね…」
(…この…)
「ごめんなさい…」
「巻き込まれたんじゃねぇよ」
え?と八千代が顔を上げた。案の定、目が潤んでいた。
「迷惑にも思ってない。いいか?」
空いている手で、彼女の肩を掴んだ。
「それ以上何も言うな。アホ」
「……あの、あの、佐藤君、やっぱり怒ってない?」
「イイエ、怒ッテナンカイマセンヨ、轟サン」
「本当に?佐藤君、ときどき急に丁寧語になるわよね?」
「ソウデスカ~?」
少しは悩め。
種島いじめ以外のストレス解消に、ちょっとくらいの意地悪は許される確信があった。
『友達』ヲ命ガケデ守ルホド 優シクハナイ
作品名:キミを守るのに理由はイらない 作家名:sulme