Christmas Carol Nightmare
Epilogue
玄関に向かう途中、二年生部員の御厨が大荷物を抱えて歩いているのが見えました。荷物に隠れてよく見えませんが、もうひとり、女子部員と一緒です。
「あ、日野先輩」
声をかける前に、御厨が日野に気付きました。
「よう、すごい荷物だな」
「全部、今日のパーティー用です。ところで先輩は……まさかお帰りですか?」
「ああ、これから坂上の見舞いに行こうと思ってな。風邪を引かせたのは俺の責任だし……あいつにも、クリスマスを楽しませてやりたいんだ」
「そうですか。私たちからもお大事にって伝えてくださいね」
「わかった。じゃあ、残念だけどパーティーはお前達だけで楽しんでくれ」
「はい」
「さよーならー!」
去っていく日野を見送り、後輩達は首を傾げました。
「先輩、楽しそうだったな」
「私、日野先輩のあんな顔、初めて見たわ」
街には昼間からイルミネーションが燈り、寄添い歩く恋人達や家族連れを優しく照らしています。
日野はそこで入り用の物を買い込むと、日が落ちないうちに坂上の家に辿り着きました。
インターホンを鳴らすと、ほどなくしてパジャマ姿の坂上が現れます。
「日野先輩!?どうして……」
「見舞いに来たんだ。それに、約束しただろ?
今年のクリスマスは一緒に過ごしてやる、って」
「……」
「さ、坂上!?どうした?」
坂上の大きな瞳から、ポロポロと涙が零れます。日野はその姿にひどく動揺し、指先でそれを拭いました。
「どこか、痛むのか?」
「違います……覚えていてくださったなんて、思わなくて……」
──嬉しいです。
坂上はそう言って微笑みました。
両親がいないことが多いので、実は料理は得意です。日野は腕をふるって卵粥を作り、坂上に振る舞いました。
ふぅふぅ息を吹き掛けて冷ましてやってから差し出すと、坂上は恥ずかしそうにしながらもおずおずと口を開きます。
「すごく、おいしいです……日野先輩って、料理お上手なんですね」
「そうか?うちは両親が家を空けることが多いからな。必然的に身についたんだよ」
「そうなんですか。僕も料理覚えようかな……」
「今度教えてやろうか?」
「え?いいんですか?受験勉強でお忙しいんじゃ……」
「遠慮するなよ。俺にとっても息抜きになるしな。風邪を治したら、いつでも呼んでくれ」
「……ありがとうございます」
坂上の嬉しそうな笑顔に、満ち足りた気持ちになります。
「デザートもあるんだ」
空になった皿を片付けて差し出したのは、すりおろした林檎です。
これなら喉にも優しいだろうと準備したものでした。
「食べやすくておいしいです!……本当にありがとうございます」
ご馳走も、ケーキもありません。それでも、ふたりにとってはこれが最高のクリスマスパーティーです。
「それから……プレゼントがあるんだ」
「それは……?」
日野は緊張しながら、大きな包みを差し出しました。自分で包装したためやや不格好ではありますが、心がこもった贈り物です。
「開けてみてくれ」
坂上は言われるまま包みを開き、中から現れた物に目を瞠りました。
「これって……僕、ですか……?」
少し潤んだ瞳に見上げられ、真剣な表情で頷くと、坂上は顔を真っ赤にします。
キャンバスいっぱいに描かれた可愛いらしい笑顔。
大切な人と言われて日野が真っ先に思い浮かべたのは、坂上だったのです。
「メリークリスマス、坂上」
坂上は貰った絵を抱きしめて、掠れた声で何度もお礼を繰り返しました。
そんな後輩の頭を、日野は優しく撫でてやります。
その時、チャイムが鳴り響きました。
「あれ?こんな時間に、誰だろう?」
「待て坂上、俺が出る」
出ていこうとする坂上を制して、日野は玄関に向かいました。
「よお、……綾小路。坂上の見舞いに来たんだろ?上がれよ」
「ひ、日野!?どうしてお前が此処に……!?」
岩下に見せられた幻影そのままの姿で目を白黒させる綾小路に笑いが込み上げます。
彼の存在はお邪魔虫でしかありませんが、日野は幸せ過ぎて寛容になっていました。追い出さずに中に入れてやり、坂上が待つリビングへと招きます。
「綾小路さん?どうして……」
「僕は君が風邪を引いたと聞いて、お見舞いに……」
日野は坂上の隣に腰を下ろすと、苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを睨む綾小路に、ニッコリと笑いかけてやりました。
その日から日野は人が変わったようでした。坂上だけでなく全ての人を、石ころではなく人間としてみつめ、接するようになったのです。
日野の変化は表向きには些細なものでしたから、気付いた人はごくわずかでした。彼らは皆不思議そうに首を捻りましたが、日野は少しも気にしませんでした。
誰に何と言われようと、大事な後輩の隣で微笑みあうことができるなら、それだけでよかったのです。
おしまい。
[Colpevoleより再録]
作品名:Christmas Carol Nightmare 作家名:_ 消