ミラー小話
「あれ、ミラーじゃん、どした?」
エッジが教室を出ると、扉の影に小さい人影を見つけた。見慣れた頭を見下ろすと、ミラーが顔を上げる。
「……エッジ」
何やら膨れたような、拗ねたような、いや多少頬が赤いような気もする、か…?
「あ、あのさ!」
「ん、何?」
「授業、終わったんだよな!?」
「ああ、数学。理系教科って面白いよな、とけた瞬間の達成感みたいなやつがこう…」
「それはいいけど!…あの、さ」
「何だよ、どうかしたの」
どことなく切実さを感じさせる表情がミラーにしては珍しい。
エッジは内心で首をひねる。
「ト……………」
「ト?」
「トイレ……行かないか?」
「………………………は?」
たっぷり5秒の後、エッジはまじまじと目の前のチームメイトを見下ろしてやっと呟いた。
「昨日ジョーに無理矢理ホラー映画見せられたんだよ、俺、嫌だって言ってんのに」
エッジが散々笑ったせいで、すっかり脹れっ面になってしまったミラーだが、言い訳がましくそんなことをぶつぶつ言い続けている、先程から。
曰く、そのホラー映画とやらは廃校になった学校が舞台で、肝試しだと入り込んだ学生たちが学校中を駆け巡っては恐ろしい目にあうというものらしい。
こういうの、意外に女の子の方が強かったりするんだよな、とミラーを横目に思う。
かくいうミラーは、トイレに逃げ込んだ少年の一人が便器の中から這いずり出してくるゾンビみたいなものにいたく恐怖を覚えたらしい。
で、
「一人でトイレに行けなくなった、と……ぶ、くくっ……!」
ミラーの言い分を反芻して、またも笑いが堪えられなくなって、我慢のきかないエッジはついつい吹き出してしまう。
途端にミラーの頬の膨らみが倍増したが、それでももういいだとか一人で行くとか言わない辺りがかわいいものだ。
「でもさ、」
「………なんだよ…」
「なんで俺? ミラーと学年違うし、他に誰かいなかったのか?」
「…い、言えるかこんなこと、他の奴なんかに!!」
「へ?」
「リーダーになんてとんでもないし、ハマーは実は一緒に見てビビってたし、ジョーはそもそも女だし…クラスの奴らになんて言えるわけないだろ…!」
「…俺ならいいわけ?」
「……………まあ、エッジだし」
「…どうとったらいいの、それ」
「…………どうとでも」
ふんと小さな顎を上げて、ぷいとミラーが顔を背けた。
さっさと行くぞ、と足を速めてしまうから、
「お、おぉ」
なんでミラーが偉そうなんだよ俺単なる付き添いなのに、と思いながら、ふと頭の片隅にもうひとつ、別の思考が持ち上がる。
(…弱み見せてもいいくらいには、信頼されてるって、こと?)
「……それならそれも悪くない、かな…?」
「何してんだよエッジ!! 早く行くぞ!」
「はいはい、今行きますよっと」